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「それでは、儂等は引き続き情報を集めてこようかの」
「あぁくそ! すぐ近くにいるってのに、手が出せないなんて歯痒いったらありゃしないよ! 」
「そうカッカしないの、おチビちゃん。直接手を下せなくても、いくらでもやりようはあるわよ」
話を終えた代表達三人は、新たな情報を求めてテントから出ていく。今この場に残っているのは俺とエレミア、領主にシャロットだけ。
「ではライルさん。魔力念話でハニービィ達が監視している者達の映像を見せて頂きたいのですが、よろしいでしょうか? 」
「吾輩にも頼むぞ」
俺はシャロットと領主に魔力を繋げて、ハニービィ達からの映像を送る。
「うむ、こやつなら前に見たことはある。王都でボフオート公爵と共にいた奴だ」
「ボフオート公爵と言えば貴族派閥筆頭のですか? お父様」
その名前を聞いたシャロットの顔に緊張が走る。母親が死ぬ原因となったフィードリック侯爵を直属の部下に持つ貴族派のトップだからな。色々な思いがあるのだろう。
「あの鷲鼻の男は捕まえて尋問したい所ではあるが、今下手に目をつけられてしまうと、この先何かと動きづらい。すまんな、シャロット」
「いいえ、お父様。ここで感情に身を任せてしまっては、今まで行ってきた事が全て無駄になってしまいますわ。ですが、彼等には必ず報いを受けさせます」
「当然である。国の為、領民の為、そして愛する妻の為に、奴等を自由にさせてはならんのだ」
本当なら今すぐにでも捕らえて拷問に掛けたい気持ちなのだろうが、グッと抑えて我慢している。
他の監視している貴族の映像を見ていると、エルフ達が何やら小太りの貴族に言い寄られていた。
〈だから、あなた達は騙されているですよ。ここの領主は金と食べ物にがめついと王都でも有名でしてね。あなた達が持ち込む野菜とワインもそうとう買い叩かれていますよ? 搾取し終わったらゴミのように捨てられてしまうのが落ちです。しかし、私共の領地に来れば、その野菜もワインも確実に今よりも高く売れる事を約束しますよ。どうです? 損な話ではないでしょう? 〉
エルフ達の前で淀みなく言いきる様子はまるで詐欺師だな。
「なんという戯言を!! お父様は領民の為に稼いだお金を惜しみなく使う方ですのに…… 意地汚いのは食べ物に関してだけですわ! 」
魔力念話を通じてその映像を見ていたシャロットが立ち上り怒りを露にしているが、ちょっと一言余計なんじゃない? ほら、領主がなんだか微妙な顔で笑ってるよ。
「…… 吾輩はそんなに意地汚いであるか? 」
その体型を見るに否定は出来ない。なのでここは曖昧な頬笑みで乗り切るしかなかったが、察しの良さが仇となり、領主はガックリと項垂れてしまった。
〈しかし、街での評判も良いし、信頼出来るとライルから聞いているが? 〉
エルフ達の一人がそう言うと、小太りの貴族は大袈裟に驚く。
〈なんと! それはきっとあなた達を騙しているのですよ。街の者達で結託して他種族を騙し、このインファネースを発展させて、自分達だけで贅沢な暮らしをしているのです〉
おぅ、益々気分が乗ってきたって感じがするな。それに反比例してエルフ達の表情は曇っていく。
〈ライルは実際に会って信頼出来ると判断したのだ。俺達はそれを信じている〉
〈そのライルさんという方はエルフなのですか? 〉
〈いや、人間だが? 〉
その時、小太りの貴族はニヤリと口元を歪ませた。
〈それは街の方々と一緒にあなた達を騙しているのですよ。ここの連中は自分達の利益になるなら何でもしますからね〉
〈何? ライルが俺達を? ……おい、それは本気で言っているのか? 〉
エルフ達の雰囲気が一気に険悪なものに変わり、中には殺気を放つ者もいた。そんな彼等の様変わりに小太りの貴族も動揺を隠せない。
〈へ? あの、どうかされたので? 〉
〈確かにライルは人間ではあるが、エレミアに光を与え、里を潤し、マナの大樹を救い、里に多くの恩恵を与えてくれた。そして五年間暮らしを共にしてライルの人となりは理解しているつもりだ。あいつの人を見る目は俺達より優れ、決して己の欲の為に騙したりはしない! これ以上里の仲間を侮辱するならただでは済まさんぞ!! 〉
〈ひ、ひぃぃいい!! 〉
エルフ達の怒気に当てられた小太りの貴族は、腰が抜けたのか尻餅をつき、そのまま後退する。
「馬鹿な人間ね、もうライルは里の一員なのよ。それをあんな風に言われたら怒るに決まっているわ」
隣で映像を視ているエレミアも獰猛な笑みを浮かべていた。家族や仲間を信頼し大切にしているエルフだからこそのあの怒りようなのだろうが、他の者達からしてみれば異常な程である。普段は温厚なんだけど、一度地雷を踏み抜いてしまえばこれ程恐ろしい種族はない。味方なら頼もしくはあるんだけどね。
〈貴様の顔は覚えたぞ? 手荒な真似はしないでくれと言われているから今日の所は何もしないが、今後この街で見掛けるようなら覚悟しておくんだな。俺達エルフを敵に回したと知れ! 〉
エルフ達の殺気に、小太りの貴族は腰を抜かしたまま付き人らしき者達に不様に引っ張られていく。その様子を見た周りの人達からクスクスとした笑い声が漏れていた。
「あれだけ恥をかかされたうえに、エルフから敵として認定されれば、もうあやつはこの街に来られないであるな」
それはあの貴族の自業自得なのだが、領主は何処か同情的だった。まぁこれからの彼の処遇を思えばそうなるかな? エルフ達から完全に拒絶されてしまっては、貴族派の中でも彼の立場は非常に悪くなるだろう。御愁傷様としか言えないよ。