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粗方、他種族の皆さんに注意喚起は出来たかな? 貴族派と思われる者達の大半はハニービィ達で監視している状態だし、そろそろ本部に戻って情報を纏めよう。
「あら? お戻りになりましたのね。他の方々はまだですので、暫くお掛けになって待ちましょう」
「ブフゥ、ご苦労であった。で、首尾のほどはどうであるか? 」
運営本部のテントにはシャロットと領主が、俺達の報告を聞く為に待機していた。
代表達が揃うまで街での聞き込みで集めた情報を伝えると、領主は困ったように流れ出る汗を拭く。
「なんとも迷惑な話である。平民が貴族にそう逆らえるものではない。他種族の皆には不快な思いをさせてしまい申し訳ないが、頼らせてもらうほかないであろう。ライル君の話を聞く限りは協力的なようであるからな」
皆が街のために動いてくれると言っていたのを聞き、領主はとても嬉しそうだった。自分が治める街を気に入ってもらえているんだから当然か。
「ん? 早いね、ライル。もう戻ってたのか? 」
西商店街代表のティリアが戻って来たのを皮切りに、へバックとカラミアもテントに集まり、収集した情報を出して擦り合わせる事にした。
代表達の話でも、あちらこちらで貴族派の者達が他種族に接触を図り、領主の悪い噂をある事ない事をわざと周囲に聞こえるような声で喋って広めているらしい。
「天使達の来訪により新しく来た人達に、インファネースの印象を悪くさせようって魂胆ね」
「やっとる事はしょぼいが、効果的ではある。前から来ている者達や住民達はそんなので惑わされる事はないが、新規はそうもいかんじゃろ。真に受けて余所でもそんな噂を広められてしまったら、すこし困るんじゃがな」
綺麗に整えられた白髭を弄りながら軽く溜め息を吐くへバックにカラミアが続く。
「あからさまな行動よね。何か裏があるのかしら? 今来ている者達も男爵や子爵ばかりだし、真面目に陥れる気があるようには見えないけど? 」
「ただのやっかみ連中が挙って嫌がらせに来ただけじゃないの? 」
「それだけなら良いのですが、今やインファネースは公爵家に次いで王族派の要となりつつあります。向こうがどんな手を使って来るのか予測出来ない内は、油断なりませんわ。何時お父様の命を狙ってくるか分かりませんもの」
前に領主の馬車が襲われた事もあってか、シャロットは心配で顔をしかめる。下らない陰謀で母親も殺されているから不安も一層強いのだろう。
「今は流石にそこまではせんじゃろうて。奴等も国力を下げるような愚は犯さんよ。それにもし仮に暗殺が成功したとて、昔と違って領主様の死を王族や公爵家が放っては置けん、全力で犯人を追求する筈じゃ。そんな危険を態々起こすとは思えん」
「では、今回の騒動はティリアさんが言うように嫌がらせなのだと? 」
「う~む…… この短い時間で集めた情報では、そこまではちょいと分からんな」
俺の問いにへバックは、羽切が悪い返事をする。
「なぁ、男爵や子爵だけなんだろ? だったら伯爵である領主様が一言言って街から追い出しゃいいんじゃないか? 」
「それは難しいと存じますわ。彼等は誰かを拐ったり傷付けたりと、明確な妨害をしている訳ではありません。それを無理に街から追い出してしまいましたら、不当な扱いを受けたとして抗議されてしまいますわ。今彼等が行っている事は後でいくらでも言い訳が出来ますもの」
そう、奴等は悪口や噂をわざと聞こえるような声で話し、他種族を勧誘してはいるが、断られると貴族らしい不満を喚き散らして去って行くだけ。この事自体に街を陥れる意図はなく、悪意はないと言われたら、証明する物がないこちらとしては引き下がるしかないのだ。
「だからこそ、吾輩達が追い出すのではなく他種族の協力であの者達を街から出ていかせるのだ」
あくまで勧誘に失敗した貴族達が機嫌を悪くして出ていくという形にしたいと領主は言う。話を聞く限り、あいつらについていく者達はいない。仁辺もなくあしらわれ尻尾巻いて逃げ出してくれれば良いのだが……
うん? ハニービィ達が見つけた者達の中に鷲鼻の男性がいるな。
こいつ、性懲りもなくまた誰かを勧誘しているぞ。相手は…… うわ、ドワーフだ。さっきは天使だったのに見境がない。カラミアの言ったように真面目に引き抜こうとしているとは見えないね。
あまりのしつこさにドワーフの拳が鷲鼻の男性に直撃した。うぉ、腹へもろにくらっているよ、あれは痛いぞ。というかこの手のあしらい方には慣れてるんじゃなかったっけ? これはちょっと強引で乱暴な断り方だな。
ドワーフ達に睨まれ、すごすごと退散していく鷲鼻の男性とそのお付き達。
〈おのれ、ドワーフめ。噂以上に頑固で暴力的な奴等よ。あの方の頼みで無ければ、誰があんなのを引き入れるか。はぁ、やはりあの美しい有翼人が欲しい。今は天使だったか? まぁどっちでも良い。また声を掛けてみるか? 〉
ブツブツと独り言を呟く内容をハニービィが盗み聞きした内容を聞いて疑問が浮かぶ。
あの方の頼み? あの方ってのは誰だ? 普通に考えれば貴族派のトップである公爵家だよな? 少なくとも男爵であるあの男以上の地位がある者だと言うのは確かだろう。
もしかして、街に来ている他の奴等もその “あの方” なる人物の頼みとやらで動いているのか?