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翌朝、俺とアンネは魔力飛行で空を飛んで移動していた。
「くそ! なんでこんなに広いんだよ!」
森の上空を移動しているのだが、終わりが見えない。 もっと高く飛べば見えるかもしれないが、これ以上は意識を保つ自信が無い。
「ほらほら! 遅いぞ! こんなんじゃ森を抜ける前に夜になっちゃうよ!」
アンネは今日中に森を抜けるつもりなのか、やたら急かしてくる。
『凄い…… これが、空から見た森なのね』
俺の眼を通して、魔力収納の中にいるエレミアが初めて見る空からの景色に見入っていた。 俺にとっては恐怖しか感じない景色だが、エレミアは違うようだ。
恐怖で震え、ガチガチと歯を鳴らしながら飛ぶこと数時間、森を抜けて町らしき物が見えてきた。
それは山の側にゴツゴツとした家が集っていて、山と一体になっている物まである。 洞窟のような穴が空いていて、そこからレールが敷かれ町まで延びている。
俺達は、少し離れた所で着地して町に向かう。 アンネは魔力収納の中に入り、替わりにエレミアが出てきた。
「何だが、町の規模に比べて人が少ない感じがするね」
確かに、エレミアの言う通り少ない気がする。 今は昼過ぎかな? 仕事に出ているとしても、道を歩いている人は二、三人くらいしかいない。 その内の一人の男性が此方に気付き、近寄ってきた。
「おう! 珍しいな、客人か? 鉄でも買いにきたか?」
その人は筋骨隆々で、オーガ程ではないが腕が太く、ピチピチのタンクトップから見事に六つに割れた腹筋が浮かび上がっていた。 丸坊主で彫りが深く、無精髭を生やしている。
「鉄、ですか? いえ、違います。 町を探していたら偶然見つけたので寄ってみただけです」
タンクトップの男は無精髭を擦りながら、此方を訝しげに見つめている。
「うん? 町を探していた? 旅人か何かか?」
「行商人の真似事をしてまして、大きな町で正式な手続きをするため里から出てきました」
前に行商人を営んでいるハリィに聞いたんだが、この国で商売をするなら商工ギルドに登録すると、トラブルが劇的に減り商談もスムーズになると言っていた。
「ほう、商人ね…… 見た所、馬車も荷物も無いようだが商品は登録してから仕入れるのか?」
タンクトップの男は眼を鋭く細め、こっちを見据えてきた。 これから商売を始めようとしている奴が手ぶらじゃ、いかにも怪しんで下さいと言っているようなものだ。
俺はフードを脱ぎ顔を晒すと、タンクトップの男は俺の顔を見て眼を見張った。
「俺は空間収納のスキルを持っています。 商品はその中に保存してあります」
「お、おう…… そうか、まだわけぇのに大変だな。 俺はグラント、この町の…… まぁ、代表者ってとこだな」
「初めまして、俺はライルと言います。 此方がエレミアです」
名前を呼ばれたエレミアはフードを脱ぎ、軽く会釈をした。
「嬢ちゃんはエルフか? とするとあの森から来たのか、エルフを見たのは久しぶりだな。 ガキの頃に一度見たきりだった」
グラントは珍しそうにエレミアを見ているが、そのエレミアは顔を顰めて不機嫌そうだった。
「ああ、エルフにはこの町は辛いだろうな」
どこか納得したようにグラントは頷いている。
「どういう事ですか?」
「この町はな、鉱石を採掘しているんだ。 いわゆる鉱山町ってやつだ。ここで取れた鉄鉱石を製錬もしているから、匂いがきついんだろうな」
なるほど、エルフには厳しい町だな。目線をエレミアに向けて様子を伺うと、
「大丈夫、我慢できない程じゃないから」
そう言って微笑んだ。
「なあ、収納スキルを持っていると言っていたな? 良いものがあれば譲って貰いたいんだが」
「はい、良いですよ。 今有るのはお酒と調味料、回復薬ぐらいですね」
「おお! 酒と回復薬は有り難い。 この仕事は怪我が絶えなくてな、助かるぜ。 詳しい話しは事務所でやろう、ついてきてくれ」
グラントは厳つい顔を綻ばせ、歩いていく。 俺達もそのあとを付いていくと、石造りの大きな建物に辿り着いた。 中に入ると、目の前にはカウンターがあり、その右奥には上へ続く階段と丸テーブルが幾つも置かれた広い部屋がある。
「あの、ここは?」
どう見ても事務所と言える場所ではないので尋ねてみると、
「お? ここはな、俺達の事務所と宿屋と酒場が一緒になってんだ」
詰め込みすぎだろ! 見た限り建物は沢山あるのに、何故一緒にするのか分からない。 グラントは奥へと進み適当なテーブルに着くと、俺達に手招きをしながら呼んだ。
「おーい! 何してんだ? 早く来いよ」
呼ばれるまま席に着くと、早速商談が始まった。
「こっちが望むのは酒と回復薬なんだが、物を見せてくれないか?」
魔力収納から酒瓶に詰めたワインとブランデー、回復薬を取り出した。 突然テーブルの上に品物が現れたのでグラントは驚いたが、すぐに気を持ち直して品定めを始めた。
まずグラントは、持っているナイフで指先を傷つけて回復薬を一滴垂らすと直ぐに傷口が塞がる。
「随分と品質の良い回復薬だな」
その後、酒瓶の蓋を開けて匂いを嗅ぐ。
「これは、ワインか…… こっちは、うお!? これは強そうな酒だな。 試飲は出来るか?」
俺はグラスを二つ取り出し、魔力を使って酒を注いだ。 不思議そうに見ていたグラントに両腕が無いことを説明すると、頻りに感心していた。
「人間、どんな状況になっても何とかなるもんなんだな」
そう言ってワインを飲むと何度か頷き、次にブランデーを飲んだ。
「こんな上質なワインは初めてだ。だが、それよりもこの酒だ! こんなにも酒精が強いのに、味と香りがしっかりとついてやがる。ブランデーとか言ったか? これは良い酒だ。是非ともほしいぜ」
「気に入って頂けたようで何よりです。 ワイン一瓶三千リラン、ブランデーは六千リランになります。 回復薬は千リランです」
料金を告げると、グラントは腕を組み唸りだした。
「う~ん…… 高いな。 いや、回復薬は一般的な価格だから問題はない。むしろその品質でその価格はお得と言ってもいい。 だけど酒がな…… ブランデーは絶対にほしい、手に入れないとうちの奴等が煩いからな。 金は払うが、足りない分は鉄で賄う事は出来ないか?」
お金と現物で料金を払うと言うことか、その鉄を精錬して純度を上げれば、他で高く売れそうだ。
「ええ、いいですよ」
「本当か! いやー、助かる。 そんなに資金が無くてな、鉄なら沢山あるんだがあんまし売れなくて、売れたとしても大した金にならなくて困ってんだ」
町の規模からしてそんな風に見えなかったけど、何かあったのだろうか。




