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南商店街の通りでも、各々の店の前で屋台を構え、自分の店の商品や料理を出している。どれもお祭り特価でお買い得だ。普通は普段より高くなるけど、この街は良心的な人が多いね。日本の祭りにも見習ってほしいものだよ。
「あっ! ライルさん! エレミアさん! 」
誰かに呼び止められて、声のした方へ顔を向けると、そこには自分の店の前で、簡易的な売り場を設置して商品を並べているリタが笑顔で手を振っていた。
「こんばんは、リタさんも出店してたんですね」
「服じゃなくてスカーフやハンカチなど簡単な物だけですけど。それと買ってくれた人には、名前や好きな言葉なんかを刺繍するオマケ付きですよ」
へぇ、それはプレゼント用に良いかも知れないね。ん? このハンカチは絹で作られているな、母さんに一枚買っていこう。
「毎度ありがとうございます! えへへ、まさか私達のお店で絹を扱うなんて考えもしなかったです。お姉ちゃんなんかもう喜び過ぎて過呼吸になったくらいですから! 」
それは、大丈夫なのか? でも喜んでくれたみたいで何よりだよ。
「本当はもっと早く改めてお礼が言いたかったけど、忙しくて中々ライルさんのお店に行く時間がなくって、すいません」
「いえいえ、お構いなく。店が繁盛しているようで良かったですよ…… ん? あれは? 」
リアの店の窓から眼鏡を掛けた女性が見える。あれがリタのお姉さんかな? 俺と目が合うと慌てた様子で奥に引っ込んで行った。
「もう、お姉ちゃんったら! すいません、極度の人見知りなもので…… でもライルさんには本当に感謝しているんですよ」
話には聞いていたけど、あそこまでとはね。いくら裁縫の腕が良くてもあれではリタも苦労しているだろうな。
リタから絹のハンカチを買い、母さんの名前と感謝の言葉を刺繍して貰い、その場を後にした。
酒場の前には酒が、宿屋の前にはその宿自慢の一品が売られている。売る人も買う人も皆楽しそうだ。 しかし、人が多く集まればその分トラブルも起きやすくなる訳で……
「くそ! この俺の誘いを断るとは、後で後悔するぞ!! 」
そんな情けない声と共に、服がボロボロになっているお付きらしき者を二人引き連れた身なりの良い男性が、慌てた様子で駆け出して行く。
あの特徴的な鷲鼻の男性は…… 確かリストに載っていたこの街に来ている貴族派の?
何があったのか確かめに行くと、街の人に囲まれ拍手されている天使のミカイルとエリアスが困ったような顔で佇んでいた。
「すいません! ちょっと通して下さい! …… ミカイルさんにエリアスさん。いったい何があったんですか? 」
「いやなに、あの人間があまりにもしつこかったのでな。出来れば手荒い真似はしたくなかったのだか、口で言っても理解する頭を持ち合わせていなかったようで、仕方なく体で分からせる事にしたのだ」
「お騒がせしてすみませんでした」
悪びれもなく言うミカイルとは対照的に申し訳なさそうに縮こまるエリアス。そんな二人を周りに集まっている一部始終見ていた街の人達は、こぞって称賛の声を上げた。
「いや、良くやってくれた! スッとしたよ!! 」
「偉いお貴族様か知らないが、人を見下した態度でふざけた野郎だ! 」
「あんたらがやらなかったら、俺達があいつをボコボコにしてた所だぜ! 」
「俺達の街と祭りを馬鹿にしやがって、そんなに言うならとっとと帰れっつの! 」
口々にさっきの貴族へと罵声とミカイル達を称える声が聞こえる。
住民達があの貴族に手を出してしまったなら、少なからずインファネースに非があるとして、奴に付け入る隙を与えてしまっただろう。だが、この街の人ではないミカイルが手を出した事により、インファネースには一切の責任は生じない。天使達は街の住人ではなく、同盟者のようなもの。それにちょっかいを掛けた向こうの責任だ。
それが分かっているからか、今まで我慢してきた街の人達が、貴族を凝らしめたミカイル達に感謝している。
「…… ここは、良い街だな」
そんな街の人達の様子に、ミカイルはぼそりと呟いた。
良い街だと言われて嬉しく感じる俺がいる。どうやら俺もすっかりとインファネースの住民になったようだ。
様々な人や種族が集り、受け入れる街インファネース。そこに住む人の懐は深く、街を愛し、情に厚い。まだ良くやったと褒めてくる人達を、ミカイルは昔を懐かしむような眼差しで見詰めていた。
きっとまだ人間達と共に過ごしていた千年前を思い出しているのだろう。
「ミカイルさん、エリアスさん。まだ祭りは後二日ありますので、楽しんでいって下さい」
「あぁ、そうさせてもらう」
「はい、まだ行っていない所が沢山ありますので、とても楽しみです」
あんな奴のせいで、祭りが台無しになったら困る。皆が楽しめてこその夏祭りだからね。まぁその皆にはさっきの貴族は含まれないけど。
確かまだ他にも貴族派の連中が街に来ているんだよな? インファネースで好き勝手されてたまるか。こうなったら此方にも考えがある。貴族派の奴等はこの祭りの邪魔になりそうだな、ここいらでご退場願おうか。