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中央広場の端に設置してあるテントに、俺以外の代表達と領主の娘であるシャロットが既に揃っていた。
「お待たせして申し訳ありません。ついつい屋台に目がいってしまいまして」
「お気持ちは分かりますわ。わたくしもついさっき到着したばかりですのよ」
シャロットが同意を示したところで、これからの打ち合わせが行われる。とは言っても前日にもしているので、軽い確認程度だけど。
「では、代表達とその商会員にはご自分の商店街を見回って頂きますわ。何か異変や問題が起こりましたら、この運営本部まで必ず連絡してくださいますようお願い致します。あくまでわたくし達は主催者側ではありますが、楽しんではいけない訳ではありませんので、一緒にこのお祭りを堪能致しましょう」
その他の注意事項を確認して一時解散という時、北商店街代表のカラミアが俺達に用紙を一枚ずつ渡してきた。
「ちょっと良いかしら? 最近この街を巡って不穏な噂が流れてるわ。そこで独自に調べた結果、どうやら貴族派の連中かこそこそと陰で何かを企んでいるらしいの。今回のお祭りにも何人か来ているから十分に注意して頂戴。今渡した紙にその貴族の名前と特徴を書いてあるから目を通しておいて」
楽しい祭りだというのに、面倒な事を持ち込んでくれる。そう考えたのは俺だけでは無かったようで、西商店街代表のティリアもその小さな体を震わせて不機嫌を露にする。
「天使達も来るようになって、益々インファネースの認知度は上がる一方だからね。面倒な奴等を引き寄せてしまうのはしょうがない。アタシ達の商会で取っ捕まえて追い出すかい? 」
「気持ちは分かるが、止めたほうが良いじゃろうな。奴等に此処を攻める口実を与えかねん。今はまだ様子を見るしかないじゃろうて。なに、儂等が目を光らせておる限り、奴さん達もそう表立っては動けん筈じゃ」
今にも此処に来ているという貴族派の奴等をふん縛ろうとしているティリアに、東商店街代表のヘバックが待ったをかける。
「ヘバックさんのいう通り。悔しいですけど、ここは我慢するしかありません。しかし、このお祭りを妨害する様な事がありましたら遠慮は無用、存分にやってしまって結構ですわ」
シャロットの言葉に俺達は揃って頷いた。例え余所の偉い貴族だろうとインファネースを害するのなら、此方も手加減はしない。
「それでは皆様、今日から三日間、よろしくお願いいたしますわ! 」
代表達は其々の商店街に向かっていき、俺もテントから出ると、魔力収納から男の子姿のムウナが外に現れてその頭にアンネが乗る。
「そんじゃ、あたしとムウナは他の所を回ってくんね! 」
「あぁ、頼む。何かあったら本部か俺に伝えてくれ」
「ういうい、りょ~かい。よっしゃ! 貰ったこのお小遣いで屋台の食べ物を制覇するぞー! 」
「おー! ムウナも、たべるぞー! 」
ムウナとアンネは元気よく人混みの中に消えていく。正直さっき渡した金額では屋台の制覇は無理だと思うけど、楽しそうだったから良いか。
「やっと五月蝿いのから解放されたな。ではライル、我は彼方へ行こうと思う」
そう言ってギルはアンネとムウナが向かった方向とは逆に歩き出す。
「それでは、私達も行きましょうか? 我が主と祭りを回りたかったのですが、しかたありません」
「それは私が言いたいですよ。何故よりにもよって貴方となんですか。ライル様、貴族派も気にはなりますが、何処にカーミラの手先が潜んでいるか分かりません。十分にお気をつけ下さい」
ゲイリッヒとまだ若干渋っているアグネーゼがお互いに微妙な距離を保ちながら歩いて行く。
「オレ達も長と共にありたかったが、命令では逆らえん。お前達、気を引き締めて任務を全うするぞ! 」
ミカイルと他二名の堕天使が空へと飛んでいく。彼等には上から監視してもらう。
『じゃあ、俺様もそろそろ行くぜ。へへへ、祭りで開放的になって路地裏で情事に耽る男女が絶対にいる。楽しみだぜ! 』
良からぬ事を言いながら、テオドアも姿を消して魔力収納から飛び去っていった。
纏まって行動するより、バラけた方が効率が良いだろうと思い、各自に街の巡回をお願いしたのだ。
そして俺はエレミアと二人で南商店街を見回る。
「何だかこうして二人で歩くのは久し振りね」
「そうだね。気が付いたら随分と人が集まったもんだよ」
まぁ、魔力収納にはアルラウネ達とハニービィがいるから本当の意味で二人っきりではないけれど、それでもエレミアと一対一で街を回るのは久し振りだ。
振り返れば、あれよあれよと仲間が増えていったな。最初は母さんと二人だった、それが命を狙われて一人になり、アンネと出会ってまた二人。そこから蜂蜜欲しさにハニービィ達とクイーンを迎えて、エルフの里でエレミアと出会った。
そこから一緒に里を出て一年の間に自分の店を持ち、母さんと再会出来た…… 本当に色々な事があったな。どれも俺一人だけだったら成し得なかった事ばかり。何時も隣にはエレミアがいてくれた。それはとても感謝しているが、同時に申し訳なくも思っている。もしかしたら俺がエレミアの人生を縛り付けているんじゃないかと…… でも本人には言えない。なんかそれを言ったら怒られるような、悲しませてしまうような気がするんだ。何故かは分からないけど。
だだ、俺自身エレミアをこれからも必要としている事だけは確かだ。この想いに確証も自信もないけれど、今も嬉しそうに隣で歩く彼女の横顔を覗き見て、胸が高鳴るのを抑えられないのは事実として受けとめるしかない。