45
それから一週間後の夜、遂に祭りが開催された。
街の街灯と街灯の間には雪洞が吊るされ、夜でも明るく周囲を照らす。西洋な町並みに和風が加わり、何だか不思議な風景だ。
各商店街から中央広場に続く道には食べ物や遊戯の屋台が並び、呼び込みの声が飛び交っていた。
俺とシャロットには懐かしの定番屋台だが、此処では何れも珍しいようで、エレミア達の興味は尽きないみたいだ。
祭りは今夜を含めて三日間行い、花火は最終日に打ち上げる予定である。
街の巡回には衛兵の人達と俺達商店街の代表とその商会員が協力することになっている。インファネースの住人達は慣れているから安心だけど、余所から来ている人と他の種族の人達とでトラブルになる恐れがあるので十分に注意が必要だ。
「林檎飴って、思った以上に食べにくいわね」
「このわたあめと言うもの、フワフワで口に含むと溶けてなくなりますよ」
エレミアが林檎飴に四苦八苦し、わたあめに驚くアグネーゼ。俺達も街を見回りつつ祭りを楽しんでいた。
「ライル! たこ焼きがあるよ、買って! あっ!? 輪投げだって! やりたい!! 」
秘密の練習とやらで何処かへ行っていたアンネが戻り、今は全力で祭りを満喫している。何時もよりテンションが高めで、隣にいるギルがうんざりとしていた。
「やれやれ、ただでさえ鬱陶しいというのに、更に拍車がかかっているな」
「まぁ良いではありませんか。せっかくのお祭りなのですから」
ゲイリッヒがギルを宥める横で、タブリスは物珍しいそうに辺りを見ている。
「これが人間の祭りなのか? 随分と賑やかなのだな。オレの知っているのはもっと厳かなものだったが」
「本来はそういうものかも知れないけど、街を盛り上げるっていう商業的な意味合いの方が強いから、どうしても賑やかになるんだよ」
俺の説明に、成る程と納得するタブリス。そんな感じで人混みの中を皆で歩いていると、アンネがやりたいと言った輪投げの屋台に着いた。
「おい! この輪に対して棒が太過ぎやしねぇか? ほんとに入るのかよ? 」
「嫌だな、お客さん。ほら、ちゃんと入るじゃありませんか」
「ギリギリじゃねぇか!! 」
見るからにがらの悪そうなチンピラが輪投げの屋台でいちゃもんをつけている。これはトラブルかな? そう思って近付くと、見知った人物だったので少し気が抜けてしまった。
「何やってるんですか? ガストールさん」
「あ? おぅ、ライル! ちょっと見てくれよ、こんなの詐欺じゃねぇのか? 」
「詐欺紛いも許されるのが祭りの屋台というものです。そこまで厳しく取り締まっている訳ではありませんからね。諦めて下さい」
「おいおい、マジかよ…… 」
信じられないと頭を乱暴に掻くガストールのすぐ隣で、アンネが輪投げに挑戦する。魔力で操るのは禁止なので、アンネの体に対して少し大きな輪をジャイアントスイングの要領で投げる。飛んでいった輪は点数の書かれた棒に向かっていくが、惜しくも弾かれてしまう。
「げっ!? ちょっと何よこれ!! 輪が小さいんじゃない? もっと大きくしなさいよ!! 」
アンネ…… 俺の話を聞いてたか?
一通り輪投げを楽しみ、中央広場へと足を進めていると、何やら香ばしい匂いがしてきた。あれはイカ焼きだな。イカの胴体を丸ごと焼いてマヨネーズを掛けた単純なものだが、甘しょっぱい醤油タレの匂いが食欲をそそる。中に米を詰めたイカ飯も置いてあって、どれを買うか悩んでしまう。
「んなの両方買うに決まってんじゃん! 悩む必要なんてないんだよ!! 」
「アンネ様のいう通りよ。どっちも買って二人で一緒に食べましょ」
イカ焼きとイカ飯を買って、エレミアと二人でシェアをする。久し振りに食べたけど、前世よりも旨い気がする。イカが新鮮だからかな?
アンネは口をマヨネーズでベタベタにしながら、うめぇうめぇとイカ焼きを一人で貪る。
「全くもって卑しい姿だ。もっと大人しく食えんのか」
「同感です、ギルディエンテ様。しかし、このイカ飯とやらは良いですね。此処に来て初めて米というのを食べましたが、ちょっと味が薄いと思っていました。だけどこれはしっかりと味が染みていていて美味しいです」
むぅ、やっぱりタブリスも白飯は味がしないと思ってたんだな。でもこのイカ飯や炒飯のように何かしらの味付けをしていれば皆美味しいと食べてくれる。先ずはそうやって少しずつ普及させて行くしかないか。
しかし、俺とシャロットが提案しておいて何だが、こうも屋台が並んでいると目移りして中々前に進まないな。
「ライル様、あれは何ですか? 沢山の紐が束ねられています」
あれは千本引きだな。千本くじとも言うが実際に千本もない。あの一つに束ねられている紐から一本引いて、持ち上がった景品を貰う事が出来る。
説明聞いて、やってみたいと言ったアグネーゼが一回挑戦する。
紐の先に付いている景品は、ぬいぐるみやクッション等のそんなに高くない物から、祭りの屋台にだけ使える商品券に魔道具と様々だ。
乱雑に束ねられているから、どの紐がどの景品に繋がっているかは目視では分からない。全てを運に任せ、アグネーゼが一本の紐を引いていくと、ゆっくりと一つの景品が持ち上がる。
「フフ、可愛いですね」
先程引き当てた景品であるデフォルメされた猫のぬいぐるみを手に持ちながら、アグネーゼはご機嫌な様子で隣を歩く。どうやら目当ての物が当たったようだ。
そんなこんなで中央広場までたどり着き、他の商店街代表達と落ち合う。