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俺達は、堕天使と名乗る事に決めた黒翼の有翼人、総勢三十六人を魔力収納へと入れ、アンネの精霊魔法でインファネース近くの平原へと移動した。そこから馬車で門を潜る予定だ。ちゃんと街に入る手続きをしないといらぬ混乱を招いてしまうからね。
西門の門番からおかえりという言葉をもらい、インファネース入る。俺もすっかりと顔を覚えられたものだ。もうここが第二の故郷って感じだな。まぁ本来の生まれ故郷は館の外に出してもらえなかったから、あまり思い出も愛着もないけど。
『素晴らしい。こんな空間を作れるとは…… 流石はオレ達の長だ』
『はぁ…… 落ち着く』
『夢の楽園とは、ここの事を言うのだな』
タブリスと他の堕天使達は、魔力収納の中にあるマナの大樹に集まり、一心にその身でマナを浴びていた。この魔力収納に感激はしていたが、決して騒がずに静かに自分の胸の中に仕舞って表に出さない様子は流石だなと思う。ゲイリッヒなんか大袈裟過ぎる程のリアクションをしていたらな。それが却って嘘臭く感じたよ。
「我が主よ、このまま家に帰りますか? それとも先に領主の館へ向かわれますか? 」
「先に領主様の所へ行こう。マナフォンでも軽く伝えたけど、もう一度会って話さないとね」
御者をしているゲイリッヒに頼んで領主の館へと向かう。クーラーの効いた店に早く戻りたいけど、面倒な用事は先に済ませてゆっくりと休みたい。
「ブフゥ~、先ずはよく無事に帰ってきた。マナフォンでカーミラ達の襲撃にあったと聞いた時は肝を冷やしたが、こうして元気な姿が見れて安心した。それと、貴殿がタブリスであるな? 事情は理解した。さぞ大変だっただろう、他の者達と共に歓迎するぞ」
「寛大な言葉に感謝する。この身で何が出来るかは分からないが、いらぬ迷惑だけは掛けないよう努める所存」
三十六名の代表としてタブリスが領主と挨拶を交わし、めでたくこの街への滞在を許可された。
その後、店に戻って母さんやシャルル、キッカに堕天使達を紹介し、今後のについて話し合う。
「それで、どうするの? この店の二階では三十六人も住めないわよ? 」
「それについては考えてあるよ、母さん。隣の土地を買ってそこに家を建てようと思うんだ」
俺が考えているのは隣の土地にアパートを建てて、堕天使達をそこに住まわせる。そして内二人には店の警護をしてもらい、何かあったときの為に、魔力収納には三人程いればいい。残りの者達にはある仕事をして貰おうかと思っている。
「へぇ? その仕事って、何なの? 」
興味を持った母さんが訊ねる。傍にいるエレミアとアグネーゼも黙って話の続きを待っていた。
「それはね…… 」
「…… なるほどね。確かにその仕事なら彼等が適任ね。それには商工ギルドの協力が必要なのも分かったわ。でも初めての試みだから、ギルドマスターを説得でるかしら? 私も一緒に行った方がいい? 」
一通り説明した内容に、母さんは納得した感じだったけど、不安は払拭出来てはいない様子だ。
「まぁ、駄目だったらその時は別の案を考えるよ。インファネースの護衛として雇って貰うとか、冒険者になるとか、色々とあるからね」
「長の店を手伝うのは駄目なのか? 」
隣で俺達の会話に耳を傾けていたタブリスが聞いてくる。
「流石に三十人以上となるとね…… ほら、見てのとおり小さい店だからさ、もて余しちゃうよ。それに、君らにしてもらい事もあるしね」
そんな訳で早速商工ギルドに向かい、ギルドマスターであるクライドに会いに行く。アポイントメントは取っていなかったが、丁度時間が空いていたとかですぐに会うことが出来た。
ギルドマスターの執務室に入り、机に着くクライドと面会する。
「インファネースに帰ってきたんですね。しかし、ライル君の方から来るなんて随分と久しぶりです。確か、有翼人の集落に行っていたとか? 」
相変わらずの情報能力だ。そんなことまで掴んでいるのか。これからプレゼンしようと言うのに、緊張で背中に変な汗が出てくる。まったく、こういうのは前世から苦手だったんだよな。
「本日は急な訪問にも関わらずお会いして下さり、ありがとうございます。既にご存じの通り、私は有翼人達の集落に行ってまいりました。その際に他の種族と同じに友誼を結びまして、個人的に取り引きをする事になりましたが、詳しくは領主様に聞いていただければと…… 今回はそれとは別の案件でして」
「成る程、それは横にいる翼の黒い有翼人に関係する事なのかな? 」
クライドは俺の横にいるタブリスに、ただでさえ細い目を更に細める。うわぁ、あれは俺でも分かる。絶対何か期待している感じだよ。自信はない訳じゃないけど、こうもあからさまな態度を出してくるとやりづらいんだよ。多分分かっててやってるな?
「はい。このタブリスの他にあと三十五人います。その内の二十八人前後で新たな事業を、この商工ギルドと提携して起こしたいと思いまして、話だけでも聞いてくれませんか? 」
「ギルドと提携で? 面白そうですね。是非ともお聞かせください」
ふぅ…… ここからが本番だ。何とかクライドを納得させて、ギルドの協力を得ないと、この事業は失敗する。本来の目的と実益を兼ねている事なので出来れば上手くいってほしい。
緊張と不安で喉がカラカラだけど、覚悟を決めて口を開いた。