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いや困った。俺の目の前にはダブリスを含めた黒翼の有翼人三十六名が、何やら覚悟を決めた顔付きで俺を見詰めている。
水だけで生きていられるアルラウネと違って、この人達にはちゃんとした食事が必要だ。食費、足りるかな? それに俺と一緒に来るということは、インファネースに暮らすって事だよね? 流石にずっと魔力収納にいさせる訳にはいかないし、どうしたものか……
「ライルよ、俺からも恃む。元同胞達の力をどうか世界の為に役立ててやってはくれないか? 例えその中で命を落とそうとも本望だろう」
「我もあやつらを迎え入れるのは賛成だ。単純に戦力が強化されるだけではなく、空にも十分対応出来るぞ」
う~ん、空を飛べる部隊が手に入ったと思えば良いのか? ミカイルとギルがこうまで言うのだし、カーミラがこれからどう動くかまるで予測がつかない。少しでも戦力を増やすべきか。
「…… 分かりました。カーミラ達の野望を阻止し、マナの減少を解決する為に、皆さんのお力をお貸し下さい」
「勿論です、長よ。オレ達一同、長に命を預ける所存。如何様にお使い下さい」
お、長って俺の事? 何でまた急にそんな呼び方を?
「オレ達はもう有翼人ではありません。そんなオレ達を率いる貴方を長と呼ぶのは当然では? 」
タブリスのこの言葉に、他の者達も揃って頷く。
「そ、そういうものですか…… 」
こうして三十六人の黒翼の有翼人―― もとい黒い翼の人達が仲間になった。
「んでもさぁ、もうあんたらを有翼人とは呼べないのよね? じゃあ何て呼べば良いの? 」
アンネと同じに、俺もそう思った。もう黒翼の有翼人なんて呼べないしな。
「ふむ…… 確かライルの前世で似たような者の話があったな? 天使とか言ったか? そして堕落した天使は翼が黒くなり堕天使と呼ばれていた。お前達の今の姿と酷似しているので、これからは堕天使と名乗るのはどうだ? 」
何か、その…… とても思春期の男子が発病しやすい病を彷彿とさせるんですけど?
「天の使いという意味で天使、ですか? それは有翼人に相応しいですね。そしてオレ達は有翼人から堕とされた身で翼も黒い。分かりました。これからは堕天使と名乗らせてもらいます」
「なに? 何故追放したお前達がそんな大層な呼名なのだ? ならば我等も天使と名乗ろうぞ! 」
えぇ…… 思いの外気に入ったようだ。上機嫌で堕天使と名乗るタブリス達に、セラヒムが嫉妬に駆られて種族名を有翼人から天使と改名するなんて言い出した。それでいいのか?
「族長が決めた事だからな、別に構わない。そもそも有翼人というのも、気が付いたらそう呼ばれていたに過ぎないからそこまで拘りもない。それに、天の使いとは正に俺達の事ではないか。他の者達も異存はないだろう」
ミカイルがそう言うのなら、問題はないんだろうな。もう好きに名乗ってくれよ。
有翼人改め、天使達の集落はガーゴイルをわざと入れた事により家等が多く壊されていたので、復旧の為にドワーフが建物を直し、武器の新調をする。
エルフには、暫く警戒して狩りにも出られない天使達に、里で育てた野菜や醸造したワインを届け、人魚は海産物を提供する事に決まった。
他に足りない物や欲しい物があったら、転移門から俺の店に来てもらう形にする。
しかし、ただ此方が与えるだけではない。我等は誇り高き種族、決して施しだけ受けて平然としていはいられないと、セラヒムはこんな物を用意した。
「これは…… 絹、ですか? 」
この光沢、そして滑らかな肌触り、間違いなくこれは絹だ。そういえば、ミカイルもだけど集落の人達は皆揃って上等な生地の服を着ている。
「もしかして、絹を生産しているのですか? 」
「あぁ、とある魔物から取れる糸を紡ぎ、我等の魔力操作で糸を編んで作っている。どうだ? これなら取り引きの材料としては十分ではないか? 」
これは、商工ギルドに持っていっても良いし、リタの服飾店に卸すのもいいな。どちらにせよかなりの金が動くことになる。
「お金での取り引きで宜しいですか? 」
「それで頼む。もう人間を避けるのを止めたとは言え、集落がこの状態では不安が残る。なので当分はインファネースだけに訪れるとしよう。其処で人間の文化に触れ、技術を得るには金が必要なのだ」
他の種族がいるインファネースが一番安全だと考慮した結果なのだろう。
「凄いですよ、ライル様。これで全ての種族がインファネースに集いました」
「うむ、千年振りか。妖精共がいるのは余計だがな」
「んだとこの野郎、あたし達がいるお陰で街が明るく賑やかになってんじゃろがい! 」
若干興奮気味のアグネーゼに、昔を懐かしむギルの余計な一言に噛み付くアンネ。
確かに、全種族がインファネースに訪れるようになり、更に街は発展していくことになるだろう。領主様のうれしい悲鳴が聞こえてくる気がするよ。
「ライル、あの者達を頼む。犯した罪以上の働きによって、誇りを持ち神の御前に立ってもらいたい」
追放したとて同じ仲間だった堕天使達を、セラヒムは心配して俺に託してくれた。
「正直、皆さんが望むような働きが出来るとは限りませんが、俺についてきたのを後悔する事だけはないよう、努めてまいります」
それで充分だとセラヒムは穏やかに頷く。
一応、取り敢えずの方針は決まった。あの空に消えた山とカーミラ達の事は気掛りだが、先ずは聖教国のカルネラ司教、アスタリク帝国の黒騎士、それとサンドレア王国の現国王様に報告して警戒を促そう。