白の決意、黒の野望 【後編】
「セラヒム! 貴様をこの手で殺せる時を待ちわびていたぞ! 」
コルネウスは殺意を込めた眼でセラヒム様を射抜く。その手にはガーゴイルから渡された一本の槍を持っていた。
「ほぅ? お前が俺を? 面白い、本気で出来ると思っているのか? 」
「当然だ。老いぼれごとき、力を得た私が負ける筈がない。貴様を打ち倒し、私が新たな長となりて有翼人達を導いていくのだ! 」
「それが狙いか。我等一族を率いる資格はお前にない。それに、その様な黒い翼は有翼人に相応しいとは思えんな。こんな所で時間を掛けてなぞいられん。急いで集落へ戻らねばならんのでな」
セラヒム様とコルネウスが睨み合う中、周りではガーゴイルと同胞達の戦いが始まっていた。
「ミカイル、タブリス。魔物共は他の者達に任せ、此方はあの面汚しの断罪を執行する。集落にいる者達の為に、余計な手心は加えんことだ」
「素よりそのつもりです」
「オレが受けた屈辱の日々を思うと、そんな気は起きませんよ」
俺とタブリスの迷いなき返答を聞いたセラヒム様は、ならば良し―― と満足気に頷いた。
「千年前、ドワーフが鍛えしこのミスリルの槍で、お前を地へと落とさん」
穂先を向けるセラヒム様に、コルネウスは馬鹿にしたように笑う。
「ハハッ、そんな手入れも行き届いていない骨董品なんかでは、私どころかガーゴイルだって貫く事は出来んぞ? 」
「ならば試してみるか? 行くぞ!! 」
セラヒム様は四対の羽を一斉に広げ、コルネウスへと飛び向かって行く。その速さに動揺を見せるコルネウスだったが、すぐに持ち直し、自身の槍で受ける。
お互いに魔術も魔法も使わない純粋の槍での勝負。時間を掛けていられないと言っていたけど、老いぼれと馬鹿にされたのを相当根に持っているようだ。
セラヒム様の巧みな槍捌きも見事だが、その全てを受けきるコルネウスも大したものだ。加えてあの体から繰りなす力で強引にセラヒム様の防御を崩しに掛かってくる。
認めなくはないが、力も技術もコルネウスが上。次第にセラヒム様は押され、顔には余裕が無くなっていた。
「くっ!? まさかここまでとは…… 」
自分が不利だと分かったセラヒム様は、一旦コルネウスとの距離を置く。
「だから言っただろ? 貴様は老いたのだ。肉体ではなく心がな。人間を見限ったなんて言い分けに過ぎない。本当は恐れたのだろう? 人間の可能性に、飽く無き欲望に、その力が何時此方に向けられるか恐れたのだ! だからあんな山奥に逃げるように隠れ潜んだ。そんなただの臆病者にこそ、私達を導く資格は無い!! 」
セラヒム様の顔は悔しさで歪んでいた。確かに一度は逃げたのかも知れない。だがそれは一族の未来を想っての決断、決して臆病風に吹かれたからではない。少なくとも俺にはそう見えた。しかしお前の目にはそう映らなかったのだな? だからセラヒム様といつも対立していたのか。
「ミカイル、俺達も行くぞ。ここでセラヒム様を失う訳にはいかない。あのお方は一族の為、自分の尊厳さえ投げ出すお人だ。そんな方だからこそ、族長に相応しい」
冷静に、だが燃え上がる闘志を胸に宿すタブリスが、ゆっくりと槍を構えた。
「あぁ、その通りだ。コルネウスでは、一族の未来を託せない。ここで確実に仕留める」
俺も魔力を練り、魔法の準備を整える。
集落の事は気掛りだが、正直そんなに心配はしていない。何故ならライルがいるからだ。怖がりで少し頼りない少年だけど、目の前の命を見過ごす事の出来ない優しさを持っていると、共に旅をしていた中で気付いた。
そんな彼が今回の襲撃に動かない筈がない。ギルディエンテ様もいるし、妖精女王だっている。あまり当てにはしたくないが、ムウナとかいう化物もライルに従っているのだ。必ずや同胞達を守り、尚且つタブリスの様に支配されている者達を解放してくれると信じている。
フフ…… あれほど人間を嫌っていたというのに、我ながら現金なものだと自嘲してしまう。
久し振りに関り過ごした人間がライルで良かった。俺にもまだ人間を信じる心が残っていたと分かったから。どうやら俺は千年経とうとも、人間を心から嫌いにはなれなかったようだ。
「どうした? 急に笑って」
「いや、そうそう人ってのは変わらないものなんだなと思ってな」
「…… ? なんかよく分からんが、今は戦いに集中しろよ。集落の事はライルがいるから大丈夫だろう。だからそんなに心配する必要はないとは思うぞ? 」
「あぁ、分かってるさ」
結局、俺達は無関係ではいられない。同じ世界で生きてる限り、敵として味方として関り合っていく定め。ならば昔の様に―― いや、それよりも上手に付き合っていくしかないのだ。拒絶し続けた先には何も残りはしない。
コルネウス、俺は人間を受け入れるぞ。良い所も、悪い所もな。だからお前を認める訳にはいかない。さあ、ここで終わりにしよう。俺はもう迷わない。どちらが正しいか、この戦いで決めようじゃないか。