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どうする? 今からアンネの精霊魔法で集落に戻るか? だが戻った所で俺達だけで有翼人達を守れるのだろうか? しかも集落は全部で五つ、距離も離れているし同時に襲われたら守りきれるかどうか。
「舞台は十分に整いましたので、私はこれで失礼させてもらいますよ」
ダールグリフは宙に浮いて離れていく。逃げるつもりか? そうはさせまいと俺は魔動式丸ノコをダールグリフに放つが、奴の防壁に防がれてしまう。あれは邪魔だな、俺のスキルで壊してしまうか。
「おや、いいのですか? 私なんかに構っている暇は無いのでは? 」
くっ…… 確かに、今は急いで一人でも多くの有翼人を守らなければならない。しかし、ここでダールグリフを逃がしてしまえば更なる被害に繋がる。
「では、これにて失礼。他にもやるべき事がありますのでね」
そう言い残して去っていくダールグリフを、ただ見詰めることしか出来なかった。
結局、俺は未来の犠牲者よりも、今危機に瀕している有翼人達を選んだ。自分の選択が間違いか正しいかなんて分からないけど、今救える者達から目を背けるなんて出来やしない。
「おのれ! 小癪な奴め!! こんなものを用意していたとは」
半透明の球体に閉じ込められたギルは、憤慨しつつ内側から壊そうとするがびくともしない。かなり堅牢のようだ。
「ギル、すぐにそれを壊すからじっとしててくれ」
魔力をその球体に繋げて解析を試みる。成る程、リリィと一緒に開発した内側に閉じ込める結界をベースにしている感じか。俺達が作ったものよりも頑丈に出来ているな。流石はカーミラ、五百年以上魔術を研究していただけの事はある。敵だけど感心してしまうよ。
「やれやれ、小賢しい真似をしてくれる」
「ププッ、そんな気味悪い姿にまでなったのに、閉じ込められるって…… かっこわる!! 」
「黙れ羽虫がっ! …… それで、どうするのだ? 奴等が集落に着くまでには多少の時間がある。先にセラヒム達に加勢して彼奴等と集落に戻るか? 」
アンネのからかいを一蹴したギルはそう提案してくる。
「でもそれじゃあ間に合わない」
「しかしですね、我が主よ。我々だけで全ての有翼人を守るのは無理があるのでは? 」
「あぁ、それぐらいは分かってるよゲイリッヒ。だから救援を呼ぼうと思ってね。彼等が来てくれるまで何とか俺達が集落を守るんだ」
救援ですか? と疑問符を浮かべるゲイリッヒに、俺はマナフォンを取り出して見せる。
「成る程、そういう事ですか。それなら、何とかなるかもしれませんね」
ゲイリッヒも納得したようだし連絡するか。何処にって? それは決まっている。他の三種族の長にだよ。
エルフの里長イズディア、ドワーフの王ギムルッド、人魚の女王リュティス。この三人に事情を説明して救援を求めると、三人とも快く引き受けてくれた。部隊を編成してすぐに向かってくれるとの返事をもらう。
これで後は、彼等が来るまでに有翼人の犠牲者を最小限に抑えつつ待つだけ。
セラヒム達には悪いが、ここは自分達で対処してくれ。苦戦するようだったら、集落を守りきってから助けに行くから。
「頼む、我等も連れていっては貰えないだろうか」
と、今まで俺達のやり取りを静観していた黒翼の有翼人が自分達も集落の防衛に参加したいと言ってきた。
「歓迎はされないかも知れませんよ? 」
「それは素より承知の上。だがそれでも、自分達の故郷を守りたいのだ」
どんなに罵声を浴び、裏切り者と罵られようとも、己が生まれた場所を守りたいと決意を固くする五人を連れていく事にした。
「分かりました。一緒に集落を守りましょう」
「感謝する。我々は貴方の指示に従うと誓おう」
こうして五人の黒翼の有翼人と一緒に、俺達はアンネの精霊魔法でミカイルの自宅に戻ってきた。うん、まだガーゴイルを率いる有翼人達は来ていないようだな。
『あれ? ここは、いったい? 』
お? どうやらエリアスが目を覚ましたようだ。俺は魔力収納からエリアスを外へ出し、状況を説明する。
「そんな事が…… 僕の不注意でミカイルを危険な目に遭わせてしまったんだね。助けてくれてありがとう、ライル君。僕達の集落を守る為、どうか力を貸してくれないか? 」
「勿論です。では、これから各集落に其々別れてこれからくる黒翼の有翼人から、救援が到着するまで集落の人達と結界の魔道具を守る。此処は俺とエレミアとアグネーゼさんで守るから、ギルは北西の山にある集落を、アンネは東の集落、ムウナとテオドアは北東、ゲイリッヒは南を頼む。魔術から解放された皆さんは、一人ずつに別れて各集落へお願いします。奴等が来る前に集落にいる人達を一ヶ所に避難させて、魔道具と共に守って下さい。だけどくれぐれも無理はしないように。それからムウナ、出来れば支配されている有翼人達も救いたいから、食べるのは禁止で。テオドア、ムウナの面倒も頼む」
「むぅ…… わかった。ムウナ、たべない」
「おいおい、俺様だけで見きれるもんじゃねぇぞ? まぁ、やるだけやってみるがよ。手に負えなくなったら後は頼むぞ」
「あぁ、その時は近くにいるハニービィに伝えてくれればいいから。それじゃ、救援が来るまで何とか持ち堪えよう」
各自、其々の集落へアンネの精霊魔法で向かって行くのを見届け、エリアスの協力のもと、この集落にいる有翼人達を族長の敷地内に集める。
案の定、集落の有翼人達は傍にいる黒翼の有翼人を見て怒りを顕にしたが、事情を説明して謝罪する姿と、必死に説得する俺達に半信半疑だけど従ってくれた。これがギルだったらこんなに苦労もしなかっただろうな。アンネは妖精だからまだ信用してもらえそうだけど、ゲイリッヒやムウナの方は大丈夫か?
ぞろぞろと有翼人達が族長宅の広い敷地内に集まっている中、各集落に飛ばしているハニービィからの映像を確認する。
ギルの所はまぁ予想通り、素直に従ってくれてるよ。避難誘導を手伝ってくれてる有翼人もいるぐらいだ。
ゲイリッヒは反対に予想外だな。その腰の低さと紳士的な態度に加えて女性受けしそうな甘いマスクは、男女の区別がない有翼人にも有効みたいだ。
アンネは…… とある有翼人と言い争っている。なにやってんだよ、守りやすいように有翼人達を結界の魔道具が設置している場所に集めるって言ったじゃないか。あっ、説得を諦めて空間の精霊魔法を使い強引に有翼人達を集め出した。それでいいのか?
さぁ、一番心配なムウナとテオドアはどうかな? …… うわ、言うことを聞かないとムウナに食べさせるぞ―― とか言ってテオドアが有翼人達を脅し、ムウナも男の子の姿で体から触手を伸ばして威嚇? をしている。やり方は褒められたものではないけど、案外この二人の所が一番効率が良さそうにも見えるな。
ともあれ、皆上手く有翼人達を避難させているようで良かった。これで後は迎え撃つだけだ。さぁ、早く来い! とは思わない。救援が来るまで、急がずゆっくり来てくれないかな?
「ライル、どうやら来たみたいよ? 」
エレミアの義眼が此方に飛んでくる有翼人とガーゴイルの魔力を捉えた。エレミアが見詰める方角に俺も目を向けると、確かに複数の魔力が視える。
はぁ…… 遂に来なすったか。ハニービィから転移門と周辺の映像を送ってもらったけど、まだ誰もここに来る様子はない。どのみち救援が来ていたとしても戦いは避けられないけどね。