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この五年の間に成長して体も大きくなり、訓練をこなしてそれなりに戦えるようになった。
このままエルフの里で暮らしていくのも悪くないが、マナの木を育てて植えるという仕事もあるし、やはり人間は人間の社会に出るべきだと思う。
「成る程、君の考えは分かった」
今、俺はイズディアの家でその思いを伝えている。
「大樹の容態も安定している。君が里を出ていくのに問題は無いのだが、行く宛はあるのかね?」
「取りあえず森を抜けて、町を探そうと思います」
「町を見つけたとして、どうやって生活していくつもりかね?」
「俺のスキルは戦闘よりも生産に向いていると思いました。なので物を作って売る仕事の商人や行商人を営もうかと考えています」
訓練や狩りをしていて、そういう結論に至った。決してエレミアに勝てないからではなく、戦闘よりも生産系のスキルだと感じたのだ。これは負け惜しみで言ってるんじゃないぞ!
それに、俺を受け入れ五年間もお世話になった里の為に何か出来ないかと思索して、この道に進もうと決意した。
「いまの里はドワーフとしか交易をしていません。 もっと豊かに、便利にするためには人間と交易するべきだと提案します」
「このままでも十分に生活出来ているので、余り必要性を感じないのだが?」
「今までが上手くいっていたからと言って、この先もそうだと言う保障はありません。 俺が危惧しているのは、一つの所でしか交易を行っていないと言うことです」
「確かに、ドワーフから岩塩を譲って貰っているが、向こうの都合で手に入らなくなった時期があったな。 何とか備蓄分で間に合わせたんだが…… しかし、人間か」
「何も無理に人間を信用して受け入れてほしいとは思っていません。 俺がこの里で作った物を外で売り、その金で必要な物を仕入れるんです。 俺が人間達との交易の窓口になります」
「だから、商人か行商人をやると言うのか……」
暫くイズディアは熟考を重ね考えが纏まったのか、それまで固く閉じていた口を開いた。
「この里を想っての事だから完全には否定出来ない。試してみる価値はありそうだ。まずは我々に納得出来る結果を見せてほしい」
「ありがとうございます。必ず、いい結果を残したいと思います」
それから俺とイズディアは細かな打ち合わせをした。 里から何を出して、外から何を仕入れるか。
先ず里からは、エルフが調合した回復薬にワインと最近作り始めたブランデー、後は胡椒などの調味料なんだけど、味噌と醤油は売れるだろうか? 屋敷にいた頃の食事や、村を巡っていた頃を思い出すとそれらしい物は無かったから不安だ。
仕入れる物は塩と砂糖、小麦粉も必要だ。最初はこんなもんかな? 様子を見て徐々に増やしていこう。
里にはアンネの精霊魔法で直ぐに戻れるので、帰りの時間を考慮しなくていいのは有り難い。
打ち合わせも終わり、後日イズディアの家に売りに出す商品を集めて貰う事にした。 外に出るとすでに日は沈みかけ、家に戻る頃にはすっかり辺りは暗くなっていた。
夕食が終わり、皆まったりしている所で里から旅立つ旨を知らせた。
「え? なんで、ここにずっといればいいでしょ? なにもそんな危険な事しなくてもいいと思うの、それともここが嫌になったの?」
エレミアは怪訝な顔で見詰めてくる。
「べ、別に嫌になった訳じゃなくて……」
「それじゃあ、ここにいてもいいよね? 交易だが何だが知らないけど、他の人に頼めばいいんだよ。何も無理に出ていく必要なんてないよ」
何だか機嫌がどんどん悪くなっている気がする。ここまで不機嫌なエレミアは初めてだ。
「エレミア、ライルはこの里の為に旅立つと言っているんだ。 お前だって分かっているはずだろ」
エドヒルがエレミアを嗜めているが、それでも納得出来ないようで、浮かべる表情は曇ったままだ。
「分かんないよ! 結局出ていくって事でしょ!!」
そう叫んでエレミアは二階へと走り去ってしまった。
どうしていいか迷っていると、
「気にするな、エレミアも理解はしている。だけど感情が追い付かないだけだ…… それにしても、あんなエレミアは久しぶりだな」
エドヒルは二階に顔を向け、懐かしそうに眼を細めた。
「そうね、あの子が自分の感情を隠し始めたのはいつだったかしら…… でも、ライル君が来てから随分と明るくなったわ。眼が見えるようになってからは、昔のエレミアに戻ったみたいによく笑うようになって…… 貴方には本当に感謝しているのよ。 だから、私達は貴方を応援するわ」
ララノアは昔を噛み締めるように眼を閉じ、再び開くと潤んだ瞳で微笑んだ。
「心配しなくても大丈夫だ。エレミアの事は俺に任せてほしい」
そう言って、エドヒルは二階へ上がっていった。
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あれから三日が経ち、イズディアの家に売りに出す商品が集まったので回収に向かい、そのまま里を出ていく予定だ。
エレミアとは、あれから会話らしい会話をしていない。避けられてるのか、余り合う事がなかった。
エドヒルとララノアからは大丈夫だと言われているが、このまま別れるのは嫌だな。 イズディアの家で商品を収納して、エルフ達から激励の言葉を貰いながら、里の出入り口へと向かった。
暫く歩いていると、木で出来た大きな門が見えてきた。その近くに人影が見える――影は三つ、さらに近づくとこの五年で一番お世話になった家族がそこにいた。
「今までありがとうございます。本当にお世話になりました」
三人に向かい深く頭を下げ、感謝の意を伝える。
「礼を言うのはこっちよ、ありがとうライル君。私達家族を救ってくれて」
ララノアは穏やかに頬笑み、
「まあ、また直ぐに会うことになるが、油断はするな。 気を付けてな」
エドヒルが軽くアドバイスをする。
「エレミア、その…… 一緒には暮らせなくなるけど、また直ぐに会えるから…… だから、その……」
「ううん、いいの。ごめんね、ライルがいなくなると思ったら悲しくて、自分を抑えきれなかったの。だからこのまま自分を抑えずにライルに付いていく事にしたから、よろしくね」
……は? エレミアが付いてくるって?
「ちょ!? ど、どういう事?」
「どういう事も何も、エレミアが付いてくるってだけでしょ」
頭の上でアンネが呆れているが、俺はエドヒルに目線を送り説明を求めた。
「エレミアの実力は外でも十分に通用するから問題はない。 必ず、お前の助けとなるだろう。 俺達エルフは、受けた恩は一生忘れない。エレミアに世界を見せてやってくれ…… エレミア、この里に恥じぬようライルの力となれ。恩を仇で返すような真似は死んでもするなよ」
「勿論よ、兄さん。 任せて!」
もう家族の間には話がついているようで俺からは何も言えずにポカンとしていたら、
「ほら! 何時までも呆けてないで、行こうよ。 もっと色んな物が見たい、知りたい。とうの昔に諦めてた想いが溢れて止まらないの! ライルのせいだから、責任とって貰わないとね」
俺のせいか…… なら仕様がないか。
「分かった。 だけど無理だけはしないでくれよ」
「それはライルでしょ? 私より弱いんだから」
「いや、実戦と模擬戦は違うから」
俺達のやり取りを和やかに眺めていたララノアが二枚の布を渡してきた。
「はい、ライル君の着てたマントはもう古いから、フォレストウルフの革で作ったのよ」
渡されたのは、深い緑色をした革のフード付きマントだった。
「ありがとうございます。 大切に使わせていただきます」
俺とエレミアはマントを着て、歩き出した。
「二人とも、いってらっしゃい」
「いってこい、無事に戻ってくるんだぞ」
「兄さん、お母さん、いってきます!」
「いってきます」
「んじゃ、いってくんね~」
二人に見送られ、俺達は里を後にした。




