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龍形態のギルが未知の空飛ぶ魔物を、自慢の爪と牙で裂き、尻尾で叩き潰す。アンネも精霊魔法を惜しみなく使い、ゲイリッヒはヴァンパイヤ特有の血液魔法で作った大鎌で敵を屠っては魔物から流れ出た血を操り弾丸のように射出する。
ギル達の活躍で魔物の数がどんどん減っていく状況に、有翼人達の士気は上がる。しかし、突如として現れた化物の登場で敵も味方も全員絶望の表情を浮かべる事となった。
「にく、いっぱい! ムウナ、たくさん、たべる! 」
巨大な黒き肉の塊に浮かぶ無数の口と目、そして不気味に蠢く触手が魔物を絡め取っては無慈悲に口の中へと運ばれる。周囲に響く不快な咀嚼音が敵味方関係無く心を削っていく。
「なっ!? 何だこれは! ギルディエンテ様に、妖精、エルフにヴァンパイア、そしてあのおぞましい化物は、まさしく千年前の…… ミカイル、これは一体どういうことだ!! 」
さしものコルネウスもこれには冷静でいられないようだ。魔力収納内でムウナやゲイリッヒと会っているミカイルは驚きこそしないが、その顔には不満が広がっていた。
「お前と俺が思っている以上に、世界の在り方が変化しているという事だ。見てみろ、この光景を。あれらがその気になれば世界をも滅ぼせるかも知れない。そんな者達がたった一人の人間に付き従っているのだ。その人間こそが神に選ばれ、この世界に生まれた者。貴様らの企みは初めから叶うことはない。神の慧眼をその身にしかと刻め! お前が否定しようとも、神は我等と共に在る! 」
「例えそうだとしても、もう後には退けぬ!! 化物があの人間に従っているのなら、殺してしまえばまた千年前のように暴れるだろう。そうなれば今度こそ世界は終わりを迎え、我等の目的である新たな世界への扉が開くのだ! 」
ハニービィが見聞きした映像と音声がクイーンを経由して俺に伝わる。
コルネウスの言った新たな世界の扉とは何だ? それがカーミラの最終目的なのか?
『主様、敵が接近してきます。ご注意を』
クイーンの警告を受け、接近してくる魔物を魔力で操る丸ノコで切り裂く。
確かに、一匹では大した力はないが、堅いうえに数が多い。ギルの爪を加工した刃であるから容易く斬れるが、有翼人達が持っている武器ではちょっと厳しいかもな。エレミアが使っている蛇腹剣もミスリルで出来ているけど、傷付けるのに苦労している。
それでも、ゲイリッヒ、ムウナ、ギル、アンネによって魔物達は数を徐々に減らしている。
この現状にコルネウスは焦りを覚えたのか、ミカイルから距離を取った。
「くそっ! ガーゴイル達がこうも簡単にやられていくとは…… お前達、ここは一旦引くぞ! ガーゴイル共は時間を稼げ!! 」
「逃がすか! ……っ!? この、魔物風情が! 俺の行く手を阻むか! 」
この場にいる魔物達がミカイルと俺達の周りに集まってきて、身動きが取れない。その間にコルネウスと他の黒い翼を持つ有翼人達が引いていく。
集まってくる魔物達をどうにか片付けた頃には、コルネウスを加えた翼の黒い有翼人達はもういなくなっていた。
「おいこら! あんたのブレスがあれば逃げられる前にやっつけられたんじゃないの? なんで吐かなかった! 」
「いちいち喚くな、うるさい羽虫だ。あやつがどうしても自分が仕留めるから、黒き翼の有翼人には手を出さないでほしいと頼んできたのだ。仕方なかろう? 」
だからギルは魔物だけを狙っていたのか。でも、どんな事情があるにせよ逃げられたのは事実。これが後に響かないと良いのだけれど…… まぁ、俺も人の事は言えないからそれを責める資格はないけどね。
「ライル! ムウナ、おなかいっぱい」
巨大な肉の塊から男の子の姿になったムウナが無邪気に駆け寄ってくる。
「そうか、満足したか? 」
「う~ん…… はらはちぶんめ? 」
あれだけ食ってもまだ余裕があるんだな。それでも腹八分目までいったんだから、ムウナにも限界があるようだ。
「我が主よ、見事な魔力操作でした。特訓の成果が出てましたよ」
「そう? ありがとう、ゲイリッヒ」
褒められるのはうれしいのだけどゲイリッヒだからな、半分以上はお世辞の可能性もある。
『あの、ライル様? 有翼人達が集まってきていますよ? 何だか、友好的な雰囲気ではないような…… 』
うん? 魔力収納にいるアグネーゼから指摘され、周囲に目を向けると、一定の距離を保ち有翼人が俺達を凝視していた。その顔はどれも不快と恐れが浮かんでいるようにも窺える。
皆この集落を守る為に戦ったのに、なんでそんな顔をされなければならないんだ? 感謝しろとは言わないけどさ、何だか腑に落ちない。
「皆の者が不安がるのも当然だ。ヴァンパイアや千年前に封印された異界の化物だぞ? これで警戒するなと言う方が無理な話だ」
納得がいかずにムッとする俺の前にミカイルが来ては、周囲にいる有翼人達の心情を代弁してくれた。
「それはそうですが、仲間の健闘を認めてもらえないのは、気分が良いものではありませんね」
刺が含まれた俺の言葉に、ミカイルは困った奴だと呆れた様子で首を振る。
「お気遣い感謝致します、我が主よ。しかし、私はヴァンパイアですので、こういうのは慣れております。周りを安心させる為、私を魔力収納へお戻し下さるようお願い致します」
「ムウナも、ぜんぜん、きにしないよ? 」
ゲイリッヒもムウナも、好きでこうなった訳でもないのに、過去の悪行はどんなに時が経とうとも消えはしない。それでも、今の彼等にもきちんと目を向けて欲しいと思うのは、身内に甘い俺の我が儘なのかも知れない。