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魔力切れを起こした翌日、エドヒルに朝早くに起こされ、近くにある少し拓けた場所に連れてこられた。
「あの、こんな所で何を?」
エドヒルは持参した二本の木剣の内、一本を渡してきた。
「これから毎朝、ここで戦闘訓練をしてもらう。 お前のスキルは強力だが、戦いに関しては素人だ。 里の一員になったからには相応の実力をつけて貰わなければな」
俺に戦い方を指導してくれる訳か、それは有り難い。ここで訓練を積めば生存確率がぐんと上がる。
「よろしくお願いします!」
「よし、いい返事だ。 本来なら素振りから始めるのだが、その体では意味をなさないので足捌きから始める。これはとても重要だ。 この訓練で敵との適切な距離を取り方を覚えてもらう」
「はい! わかりました!」
エドヒルから基本の動きと軽く木剣を打ち合い、何時もの手伝いをこなし、この日は終了した。
それからの俺の一日は、朝早くにエドヒルとの戦闘訓練をしてエレミアと水を汲んだ後、畑仕事か狩りの手伝いそして時々マナの大樹に魔力を注いでいる。
この日もいつも通りに訓練場所へ向かうと、エドヒル以外にもう一人いた。
「おはよう! ライル」
「エレミア? 何でここにいるの?」
元気よく挨拶をしてきたエレミアの手には木剣が握られていた。
「私も一緒に訓練を受けることにしたの」
エレミアも一緒にって、大丈夫なのか? そんな思いが顔に出ていたのかエドヒルが説明してきた。
「エレミアは元々、戦闘感覚が優れているうえに魔法スキルを三つも持っている。 初めから眼が見えていたなら、里の中でも上位に行く程の実力者になっていただろう」
「私も強くなって皆の役に立ちたいの。もう、守られるだけじゃ嫌だから」
そして朝の訓練にエレミアが加わったのだが、エドヒルの言う通りエレミアの戦闘感覚は鋭く、遅れをとらないよう付いていくのに必死だった。
しかもエレミアは風、水の魔法の他に雷の魔法も使えたのだ。 眼が見えるようになったエレミアはメキメキと力をつけていった。
この里に受け入れられて数ヵ月が経ち、何時ものように泉から水を汲んだ帰りに一人のエルフの男性から呼び止められた。
「少し、いいかな?」
「なに? アドロムさん」
「いや…… エレミアちゃんじゃなくて、ライル君にね」
俺? 何の用だろ? エルフ男性――アドロムは持っていた袋から何かを取り出し見せてきた。
「これは…… 腕?」
それは木で出来た腕だった。 肘から下の部分で、手首は球体間接になっている。指の関節も動くように出来ていて、細かい動きも可能になっているようだ。
「俺は木工が得意だから作ってみたんだ。薬液に浸けたから強度も十分にある。 ライル君なら腕に取り付けなくても魔力で自由に操れるだろ? だから、肘の部分は作らなかった」
「これを、俺に…… どうしてですか?」
アドロムは少し照れた様子で頬を指で掻きながら、
「君は、エレミアちゃんの眼を作ってくれただろ? そのお返しがしたくて…… それに、君と握手がしたくてね」
握手がしたいから…… 確かに、この体では求められても応える事が出来なくて気まずくなってしまう。
「とても助かります。ありがとうございます」
俺は二本の木の腕を魔力で操り動かした。 指を閉じたり開いたりしながら可動域を確める――うん、関節も滑らかに動くし可動域も十分にある。
「これでちゃんと礼が言える。 エレミアちゃんの眼を作ってくれて、ありがとう」
「此方こそ、素敵な腕をありがとうございます」
俺達はお互いに握手を交わし、感謝の気持ちを伝えた。
「良かったね。ライル」
去っていくアドロムを見送る俺にエレミアは呟く。
「うん、凄く嬉しいよ」
そう返した俺にエレミアは「私とも握手しよ?」と言って、何故か握手をする事になった。
マナの大樹に定期的に魔力を注ぎ始めて半年、大樹に変化が起きた。
その日も何時ものように魔力を注いでいると、とある箇所に魔力が集まっていくのが見えた。そのまま観察していると急速に蕾が出来て花が咲き、その中から光りの玉が生まれ、ゆっくりと落ちてきた――花は光りの玉が落ちると同時に枯れてしまった。
落ちてきた光りの玉をイズディアが受け止めると、徐々に光が収まっていく。
「こ、これは!?」
光が消え、現れた物はバレーボール位の大きさで焦げ茶色の物体だった。
「それは何ですか?」
「これは“種”だよ。 そうか、だから大量の魔力が必要だったんだ」
俺の疑問にアンネが答え、イズディアはじっと種を見詰めたまま動かない。 やがて、ゆっくりと此方へ近付き口を開いた。
「マナの大樹が種を残すのは数千年ぶりで、私の代では初めての事だ。 正直、この種を育てる自身が無いよ」
困り顔で弱気な発言をしているが初めてなら当然だと思う。だからといって、そのままにしておく訳には行かない。頑張って育てるしかない。
「ねえ、ライル…… この種、魔力収納の中で育てない? そこなら問題なく育つと思うの」
アンネが突然そんなことを言い出した。それって俺が育てるってこと?
「それにね、魔力収納の中でなら種を生み出す為に必要な魔力も十分にあるでしょ? そしてその種を又植えて、ある程度育ったら適当な場所に植え直すの。 それを続ければマナの木が増えて、マナの量も増えるから、マナ不足になるまでの時間が稼げるかもしれない。その間に解決策を見つければいいんだよ!」
つまりは、様々は場所でマナの苗木を移植しろといっているのか? 一人で? おいおい無茶な事を言いますね、アンネさん。
「そんな事が本当に可能なのか?」
イズディアも信じられないようだ。そりゃそうだ、俺だって上手くいくかどうか分からないんだから。しかし、アンネは何かを確信しているみたいだ。
「勿論! 絶対上手く行くよ!」
「そうか…… なら、この種をライル君に託そう。 そもそも君がいなかったらこの種は生まれてこなかったからね」
マジか!? 責任重大だぞ! 上手くいかなかったら? そう考えると胃がキリキリと痛む。くそ、久しぶりだなこの感じ…… 上司からの無茶振りを思い出す。出来れば二度と味わいたくなかった。
「ライル…… お願い、無茶な事を言っているのは自覚してる。自分の為にライルを利用しようとしているのも…… それでもわたしはライルに頼るしかないの…… お願い、この世界を、わたし達を助けて……」
アンネが真剣な表情で俺を凝視している。…… 俺は何を迷っているんだ? 今まで、散々アンネに助けて貰っていたじゃないか。 俺がアンネを助ける理由はあっても、断る理由はない! 利用しようとしている? 良いじゃないか、どんと来いってんだ!
「それでアンネが助かるなら、存分に俺を利用してくれて構わない! 何処まで出来るか分からないけど、やれる何処までやってやるよ!! 今度は俺がアンネの力になる番だ」
アンネが生きていけない世界になんかしてはいけない。俺のこのスキルが役に立つのなら、やるしかないんだ。 俺はイズディアから種を受取り、収納した。
「ありがとう!! ライル~! もう、大好き! 愛してる!!」
感極まったアンネがとんでもない事を口走りながら頭に抱きついてきた。 うん、やっぱりアンネは騒がしいくらいが丁度いいな。
種はアンネのアドバイス通り、魔力収納の中にある小規模な湖の傍に植えることにした。 ちゃんと育ってくれればいいんだが……
「ライル、わたしと一緒にマナの木を沢山植えようね!」
「ああ、そうだな」
何やら重大な任務を与えられてしまったが、大切な者達の為に頑張りますか。
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「やるわね、ライル! でも、これならどう!」
エレミアのスピードが急に上り、一気に俺との距離を詰める。振り下ろされる木剣を魔力飛行で地面から少しだけ浮かんで、滑るように移動してそれを躱す。
それと同時に魔力で操る木剣を二本、エレミアに目掛けて斬りつけるように放った。 しかし、エレミアは一本は躱し、もう一本は自分の木剣で弾く。
「いきなり魔術を使うのは卑怯じゃない?」
「実戦でもそんなこと言うつもり?」
エレミアは蒼白く光る赤い眼で此方を見据えて、ニヤリと嗤った。
「それじゃ、魔法も使ってきてもいいよ」
「それは遠慮するわ。 だって、私の魔法を奪うつもりでしょ?」
ばれたか…… オーガとの戦いでコツを掴んだのか、俺は相手の魔法を無理矢理に押さえ込み支配出来るようになった。でも、魔法に対しては強くなったが、エレミアのように物理で来られると弱い。
エレミアは身体強化の魔術を駆使して攻めてくる。二本の木剣と魔力飛行で何とか迎え撃ってはいるが、少しずつ追い込まれていき、遂にエレミアの木剣が首筋にピタリと当てられた。
「そこまで!」
エドヒルの掛け声で模擬戦の終了を告げる。
「また私の勝ちね!」
エレミアは嬉しそうに笑い、タオルで汗を拭いている。 俺はその場で座り込み、エレミアを軽く睨んだ。
「こっちは魔法も魔術も使えないんだから、少しは手加減してもらいたいよ」
「何言ってるの? それだと訓練にならないじゃない」
確かにそうなんだけど、うぅ…… でも悔しい! これでも強くなったと思うんだけど、どうしてもエレミアに勝てない。まさかここまで強くなるとは……
「エレミアの言う通りだ。 悔しいのは分かるが、仕方がない。 お前自身がもっと強くなるしかない」
エドヒルが嗜めてくる。それは分かってはいるけど悔しいものは悔しいのだ! 何か実力以外で勝てる方法はないものか。
この里に来て五年、俺は十五才になった。




