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侮辱と警戒の視線を向けてくる有翼人に、側にいるエレミアとアグネーゼの機嫌が悪くなるのを肌で感じる。
「おい、領主よ。俺は妖精達を街へ引き入れた者が来ると聞いていたのだが、もしやこの醜き人間がそうだとは言わないよな? 」
敵意剥き出しのエレミア達にも歯牙にかけず、話を進める姿は話に聞いていた通りだった。
「ブフ…… そうである。彼こそ、このインファネースにエルフ、ドワーフ、人魚、そして妖精達を連れ、街の発展に多大なる功績を上げた者である」
「えぇ、ライルさんがいらっしゃらなかったら、ここまで街が豊かになることはございませんでしたわ」
領主とシャロットが、先程の有翼人の発言を否定するかのように断言する。しかし、それを聞いても鼻で嗤うだけで信じようとしない。
「こんな両の腕がなく、顔も半分爛れている人間がか? 俄には信じがたい。俺を謀っている訳ではあるまいな? それとも何かの冗談なのか? 」
少し不機嫌になる有翼人に、たまらずエレミアが声を上げる。
「有翼人とは初めて会ったけど、随分と失礼な種族なのね? 」
「エルフか…… フン、醜い者を醜いと言って何が悪い? 事実を言ったまでにすぎない」
「思ったことを全部言葉に出さないと気が済まないの? 有翼人ってのは大変ね。忖度という言葉はご存知かしら? 」
「何故俺が人間なんかに気を使わねばならない? 」
エレミアと有翼人が互いに睨み合う。今日も外は暑いというのに、この部屋の中だけいやに冷えきっている。
『こいつは相変わらず面倒くさいね。こんなんじゃ埒が明かないよ』
魔力収納から様子を窺っていたアンネが呆れながら姿を現すと、有翼人は初めてその表情を変化させた。
「よ! あたしに用があるんだって? 」
「アンネリッテ!? いったい何処から? いや、そんなのはこの際どうでもいい。この世界からマナが減少しつつあるというのに、人間の街で遊び呆けているとは…… 妖精達は何を考えている? 」
「はぁ? あたし達はちゃんと仕事してますぅ~。それに対策だって考えてあるんだから、あんたらに何か言われるまでもないんですけど? 」
「ふざけるな! お前達がきちんとマナの管理が出来ていないから、こんな事になっているのではないのか? その対策とやらも当てに出来そうもないな」
「にゃにお~! あたし達のせいだって言いたいのか? このやろー!! 」
おいおい、アンネまでこんな調子じゃ何時までも経っても進まないよ。でも俺が声を掛けた所でまともに取り合ってくれるかどうか。
「いい加減にしないか! 羽虫共が気に入らないのは分かるが、マナの減少は様々な要因で起こっている。こやつらだけが原因ではない」
見かねたギルが魔力収納から出てきては、今も言い争っている有翼人とアンネを嗜める。
アンネは渋々といった様子で引き下がるが、有翼人は分かりやすく驚いた表情をしていた。
「あ…… 貴方様は、もしやギルディエンテ様? あの愚かな人間達によって封印されていた筈では? 」
あからさまに動揺している有翼人に不思議がっていると、アンネが近付き説明してくれた。
「有翼人達はね、偉そうにしてるけど属性神や神直属の龍族には頭が上がらないのよ。あたし達妖精だっておんなじようなもんだってのに、ギルディエンテが妖精嫌いだからそれに合わせてんの」
成る程。龍を崇めているから、あんな態度でアンネに接していたのか。
「見ての通り、我の封印は解かれた。ここにいる貴様が醜いと言った人間が解いてくれたのだ。見た目だけで判断してはならんぞ? ライルはいずれ世界を救うのだからな」
おい、ギルさんよ、それはちょっと大袈裟なんじゃないの? ほら、そこの有翼人が 「え!? こんなのが? 」 みたいな顔してものすっごく見てくるんですけど!
「そ、それより! アンネに何か頼み事があったのでは? そう聞いたからここまで来たのですが、何もないのならこの辺で失礼しますがよろしいですか? 」
俺に話し掛けられ若干不機嫌そうな顔をしているが、ギルが側にいるからか、言葉を返してくれた。
「あぁ、そうだ。正確には頼みに来たのではなく要請しに来たのだが、ギルディエンテ様もいらっしゃるとは思わなかった。これも神の御導きであろう…… ギルディエンテ様、今すぐにでも世界の管理補佐を担っている他の三種族の長を集め頂きたいのです。貴方様がお声を掛けて下されば、あの者等も断りはしないでしょう」
他の三種族ってことは、エルフ、ドワーフ、人魚のトップを集めろっていきなりだな。
「ちょっとちょっと! いきなり何言ってんの!? 」
流石のアンネもこれには驚愕を隠せない。俺も周りにいるエレミア達も唖然とするばかり。その中でギルだけが静かに佇み、手で顎を擦り何から思案し、一言だけ発した。
「それは有翼人の総意か? 」
「……いえ、自分の独断です」
その短いやり取りで何かを察したのか、ギルは小さく嘆息した。
「ライルよ、マナフォンで各種族の長に連絡をしてくれぬか? こやつが独断で動くなど、余程の事があったのだろう。それと、集まる場所は転移門のある店の地下にしたい」
「え? 何が何だか良く分からないけど、取り合えず連絡してみるよ」
しかしそうは言っても、人魚の女王にドワーフの王、エルフの里長を今すぐ全員呼べるのだろうか?