7
一人の有翼人がインファネースに降り立った。この噂が街全体に拡がり、俺の店でもその話題で持ちきりになっている。
「それで、デイジーさん。その有翼人さんはどうしてこの街に? いま何処にいるんですか? 」
「まぁまぁ、リタちゃん。私も話に聞いただけで実際に見た訳じゃないのよぉ。何でも、いきなり空からやって来ては妖精達に何か頼み事をしていたらしいわぁ」
妖精に頼み事? 俺はチラリと横にいるアンネに目を向けた。
「うえ? 何よ? あたしはなんも知らないよ」
どうやらアンネには心当たりはないようだ。
「てっきり私はライル君が関わっているのかと思ってたんだけど、その様子じゃ関係ないのね? 」
おいおい、なんでもかんでも全部俺が関わっているとか思わないでくれよ。
「デイジーさん、いくらなんでも俺の顔はそこまで広くはないですよ」
「さぁて、それはどうかしらねぇ」
「実は私ももしかして、なんて考えてました。ライルさんのこれ迄を思えば、そうなりますよ」
あぁ…… エルフに人魚にドワーフも俺が連れてきたからな。今回の有翼人訪問に俺を繋げてしまうのは仕方ないのか。
「ご期待に添えられず申し訳ないけど、ほんとに知らないんですよ」
ハッキリと否定すると、二人はあからさまにガッカリとした表情を浮かべて脱力した。
「それで、その有翼人はまだこの街に? 」
「えぇ、確か…… 街の衛兵に連れていかれたって聞いたから、留置場か領主様の館だと思うわよぉ」
「なんでその二択? 」
「そんなの衛兵に連れてかれる所なんてそこぐらいでしょ? それに領主様にも当然報告されているだろうから、館に招待するかも知れないわよぉ? なんて言っても初めての有翼人なのよ? 」
それもそうか。この街に来た目的も分からないうちには、下手な事をして関係が悪くなるのは避けたいところ。領主自らが相手を務める方が良いのかも。
「はん! 何が有翼人じゃ!! 奴等は偉ぶるだけで何も役には立たんぞ? 居るだけ邪魔じゃ」
それまで大人しく話を聞いていたドワーフのドルムが不機嫌に声を荒らげる。
「どういう意味です? 」
「どうもこうも、そのままの意味じゃよ。奴等にとってはワシ等なぞ下等な生き物なんじゃ。特に人間や獣人を害虫か何かと思っとる節がある。昔からそんな連中じゃ。ワシはもう有翼人とは関わりたくない」
そう言えば、有翼人はプライドの塊だと誰かから聞いた覚えがある。選民意識が高くて他の種族を無意識レベルで見下す傾向があるとも聞いたような。
ドルムがあそこまで嫌そうにしているので、事実なのは間違いなさそうだけど、そんな有翼人が何故人間の街に?
その時、ポケットの中にあるマナフォンがブルブルと震え出し、皆に一言断りを入れてからその場を離れてマナフォンに出る。
「はい、ライルです。どなたですか? 」
「ブフ、ライル君であるか? 吾輩、マーカスである。少し困った事になってしまって、力を貸して貰いたいのだ」
マーカス…… ってインファネースの領主か。ずっと領主様と呼んでいたので気づくのに遅れてしまったよ。しかし、このタイミングで連絡をしてくるなんて……
「もしかして、有翼人に関係する事ですか? 」
「ブフゥ~、もう噂が広まっているようであるな。そう、その有翼人を吾輩の館に招待し、どの様な用件であるか伺おうとしたのだが、その…… まともに話が出来なくて困っておるのだ。唯一判った事と言えば、どうやら妖精の女王に会いたいのだそうだ。ライル君は妖精の国へも行ったのだろう? その時に女王にも会っている筈、何とか出来ぬか? 」
あれ? アンネがその女王だとは領主に言ってなかったっけ? まぁどちらにせよ、奇しくもデイジーの予想通り俺も関わる事になってしまったな。どうせここまでやったんだから、有翼人とも会ってみたかったし丁度良い機会かも知れない。
俺は領主にこれから向かう旨を伝えると、既に迎えの馬車を向かわせているとのこと。断られるという可能性は微塵も思っていないようだ。
領主とのマナフォンでの通話を終わらせ、カウンターに戻る頃には館の使用人らしき人物が訪れてきた。不思議がる皆に事情を軽く説明してエレミアとアグネーゼを連れて馬車に乗る。因みにアンネとゲイリッヒは魔力収納の中だ。
店を出る時、やっぱりねと言ったようにデイジーがしたり顔を浮かべていたのを見て、ちょっとだけイラッとした。
領主の館に着いた俺達はそのまま応接室へと案内され、中に入るとそこには相変わらずデップリと肥えた領主と、その娘で強い巻き髪が特徴的なシャロット。それともう一人、ここにいる誰よりも背が高く、短いが黄金に輝く滑らかな髪、背には三対六枚の純白な翼が綺麗に畳まれている。
翼を通す為に背中部分が大きく開いた白い服とズボン、全身真っ白な出で立ちは汚れることを拒む潔癖な印象を受ける。顔は陳腐な言い方しか出来ないが美形だ。エルフも美形だけど、どこか親しみやすい感じがするが、この有翼人はまるで一枚の絵画から抜け出たような近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
その男性とも女性とも取れる顔をこちらに向け、スカイブルーの瞳で射抜くような視線をぶつけてくる。
「なんだ? これは人間なのか? 今まで見てきた中で最も醜い姿だ」
おぅ…… ここまでハッキリと言われるといっそ清々しいくらいだよ。