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腕なしの魔力師  作者: くずカゴ
【第十四幕】翼を持つ者の誇りと使命
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1

 

 季節は瞬く間に春を過ぎ、夏の始めに差し掛かる。前世で言う所の七月くらいだと言うのに、気温は三十度近くもあってあまり外には出たくない。


 今年の春で俺は十六才になり、心なしか身長も伸びた気がする。この調子ならエレミアを抜く日もそう遠くはないだろう。


 インファネースに来て一年が経つ。この一年間、一言では言い表せないほどに様々な事があり、インファネース自体も訪れた当初より随分と賑やかになった。まぁ殆どは俺が原因なんだけど…… 。


 でもサンドレアから戻ってみると、街中にまで人魚がいたことには驚いた。彼等彼女等は過去に人間達との交流を絶った経歴から、未だに警戒して漁港付近にしか来ていなかった筈。

 何がきっかけかは分からないけど、これを機にもっと人間との信頼を強めて欲しいものだ。



「我が主よ、ただいま戻りました。どうぞ、ご所望の品々を手に入れて参りましたので、お受け取り下さい」


 ゲイリッヒが恭しく肩から下げているマジックバックを差し出してくる。ただのおつかい程度に何もそこまで仰々しくしなくてもいいのに。


「ありがとうございます。こんな暑い中、買い物を頼んですみません。助かりました」


「とんでもございません。我が主が望むのなら、例えどんな過酷な地でも赴いて見せましょう。それに、ヴァンパイアは暑さや寒さを感じる感覚を任意で遮断出来ますので、特に問題はありません」


 あ、そうなんだ、そいつは羨ましい。もう今の時期はクーラーが効いている店から一歩も出たくないよ。これから更に暑くなると思うだけで気が滅入ってしまう。


 最近ずっと店を留守にしてあちこちと行ってたからな、この夏が過ぎるまで何処にも出掛けずに涼しい店の中で籠るのも悪くないかも。


「お嬢さん方、紅茶のおかわりは如何ですか? 」


「あらぁ! ほんと、気が利く良い男ねぇ。これでもうちょっと筋肉がついていたら私好みだったのに、残念だわぁ」


「すいません、ありがとうございます」


 今日も店に涼みに来ているデイジーとリタに、ゲイリッヒは紳士的な態度で応対する。あのデイジーすらもお嬢さん扱いとは、流石は二千年も生きてきただけはある。そこらの男とは年季が違う。


 ゲイリッヒが店にいるお陰か、女性客が増えたような気がする。しかも親切丁寧に商品の案内をしてくれるので、何も買わずに出ていく者はいない。いやぁ、つい流れに任せて仲間にしたけど、間違いではなかったな。


「あぁ…… 幾らライル様が仲間と認めていようとも、ヴァンパイアに女性が魅了されていくのを何もせずに見ているとは…… 神よ、どうか無力な私を御許し下さい」


 デイジーとリタに紅茶を注ぐゲイリッヒを陰から覗いているアグネーゼが天を仰いで嘆く光景も、もうお馴染みになる程によく見掛ける。


 前から考えていたアグネーゼへのご褒美という名のご機嫌取りなのだが、休暇を与えるにしても常に傍にいようとするので意味がない。なら何か欲しい物はないかと尋ねても、その心遣いだけで満足だといって取り合ってくれず、どうすりゃ良いのかもうお手上げ状態だ。なのでアグネーゼが俺にしてほしい事はないかと聞いた所、真剣な表情を浮かべ、


「じっくりと吟味致しますのでもう暫くお待ち頂いてもよろしいですか? 」


 と、言ってきた。


 真顔でそう言うもんだから思わず頷いていしまったよ。アグネーゼのことだから無茶な要求はしてこないだろうけど、不安は拭えない。期限でも設ければよかったな。


『アグネーゼだけずるい! あたしも頑張ったんだから何か頂戴よ!! 』


『ふむ、我もそれなりに働いたが、何か貰えるのか? 』


『あ、そんじゃ俺様にもくれよ』


『ムウナは、にく! にくがいい!! 』


 はぁ? 確かにアンネとギルには日頃からお世話にはなっているけど、その分魔力収納内で贅沢させているだろ? 二人がばかすかと飲んでいるその酒だってタダじゃないんだぞ? それとテオドア、今回はお前の目的に付き合ったってのもあるんだから、何もやらないよ? ムウナは…… いつも通りだな。


 それはそうと、サンドレアとの交易がついこの間本格的に始まった。西商店街の代表であるティリアなんかは、やっとチョコレートが元の値段で仕入れられると安心していたし、東商店街の代表であるへバック爺さんも満足気な様子だった。


 それに俺も、ユリウス陛下と約束していたサンドワームの皮が届いて機嫌がいい。


 取り合えず届いた皮を使って、家で使うソファーと椅子を作成した。今カウンター内で俺が座っている椅子にも使用している。


 うん、癖になりそうなこの適度な弾力。素晴らしい座り心地だ。しかし、俺の店は雑貨屋ではあるが、冒険者をターゲットにしている為、ソファーや椅子なんか出しても売れないのは明白である。冒険者は持ち家を持たず、色んな場所へ行くから殆どが野宿で過ごしている。


 サンドワームの皮自体がそれなりに丈夫なので、マジックバックの素材にしてみた。すると独特の弾力が丁度良い枕となり、外でもよく眠れると冒険者達には好評だ。


 野宿であろうと、ぐっすりと眠りたい者が多いと思った俺は、同じくサンドワームの皮で寝袋を作成した。


 それらを持ち運べ、枕の代わりとなるマジックバックと、雨風を凌げるうえに、空間魔術で拡張されて中は広いマジックテント。寝ている時、魔物の被害に遭わないようにする結界の魔道具、それにこの寝袋の四つで、野宿基本セットとして冒険者達に広く伝わったようで、それなりによく売れた。


 だが俺は失念していたのだ。この野宿基本セット…… 冒険者の為にと作ったからか、とても丈夫なので結構長持ちするんだよね。そうなると、また客足は遠退いていく。


 でも、すぐ壊れるような物を売るわけにはいかないしな。消耗品になるような商品でも開発したら、もっと客が増えるのだろうか? はぁ…… 分かってはいたけど、商売って難しいな。

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