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腕なしの魔力師  作者: くずカゴ
【幕間】
398/812

キッカの新たな生活

 

 まだ日も昇り始めた頃、中庭に咲く花達に見守られながら私達は木剣を振るう。


「ふぅ…… 今日はここまでにしよっか、シャルル」


「う、うん」


 私はキッカ。双子の兄であるシャルルと一緒にこの店に住んでいる犬型獣人族だ。


 私達の朝は剣の訓練から始まる。師匠はエルフのエレミアさん。とっても強くて綺麗で、私の憧れなの。今はライルさんと一緒にサンドレアという隣の国に行ってるわ。


 ライルさんは良くお店を留守にするから、その間私達がお店と家族を守らないといけない。なのでもっと強くならないと。


「それじゃ、軽く汗を流しましょ。汗臭い体で店には出られないから」


「うん、そうだね」


 訓練の後はお風呂で汗を流してから、クラリスさんの作ってくれた朝食を頂く。ライルさんの母親であるクラリスさんは、料理が上手くて優しいから大好き!


 私達は元々、別の国で家族と暮らしていたけど、お父さんの事業が失敗して国を出る事になっちゃったの。それで噂で聞いたインファネースへ向かい、一からやり直そうとしたんだけど、道の途中で盗賊に襲われ、両親は私達を逃がそうとして死んでしまった。


 どうにかインファネースまで辿り着いたけど、子供で身寄りのない私達ではどこも雇ってくれなかった。そのうえ年齢も足りなくて冒険者にも登録出来ないので、奴隷として働く事を選んだ。


 兄のシャルルは気弱で臆病で人見知りだから、一人にはしておけない。なので私達二人一緒というのを条件にしてもらったの。


 でも、私一人を望む人はいても、二人同時で雇ってくれる人は中々現れない。


 シャルルは遠慮して一人でも大丈夫だと言うけれど、もう家族は私達だけ、離ればなれなんて考えられないわ。


 そしてある日、エルフの女性を連れた一人の人間がやって来た。


 歳は私達と同じぐらいだと思うけど、両腕がなく左目が白く濁っていて、顔の左半分が火傷のような痕がある。シャルルなんか一目見ただけで、小さく悲鳴を上げる程に異常な姿をしていた。


 それでも私達は生きる為に精一杯自分を売り込む。その結果、なんと二人一緒に雇って貰える事になった。新しくはめられた首輪を撫でつつ一株の不安を覚えるが、とにかく働き場所が決まったんだ。これでお金を稼いで自分達を買い戻し、貯めたお金で新しく生活し直そう。


 当時の私はそんな風に考えていた。でも、ここの暮らしは想像以上に快適で、ライルさんも、エレミアさんも、クラリスさんも、やって来るお客も皆優しい。それにお店の雰囲気も何処かのんびりとしていて、シャルルの気質に合っているみたい。私はちょっと物足りないけど、その分接客に力を入れている。


 ライルさんは私達に“ご主人様” と呼ばれるのに凄く抵抗があるようで、名前で呼んでくださいと何故か敬語で言ってきた。最初は怖そうだと思ってたけど全然そうじゃなく、私やシャルルが何か失敗しても決して怒鳴らず、落ち着いた態度で注意をしてくれる。分からない事はこっちが分かるまで丁寧に教えてくれるし、何より上から命令してくる事がない。


 私達は奴隷なんだから命令すれば従うのに、何時も申し訳なさそうに頼んでくるので、この店で一番偉いのだからもっと堂々としてください、なんて言ってしまった事もある。でもライルさんは困ったような顔ではにかむだけ。


 客商売は厳しい、少しでも見くびられては足元を見られてしまう。私がしっかりしないと。


 そして私達がこのお店で働き始めて半年が経とうとした時、新年を迎える前に奴隷契約を解約して、普通に住み込みで働かないかとライルさんが提案してきた。しかも解約に伴う費用は全部もってくれると言う。


 嬉しかった。私達を奴隷としてではなく、普通に受け入れてくれたようで。それに、新しい家族として迎え入れたいとも言ってくれて、思わず涙が溢れてしまった。


 もう私達に首輪は必要ない。だって、家族を守るのにそんなのは要らないもの。でもそれだけじゃ足りないわ、私達はもっと強くならなきゃいけない。また大切なものを失うのは嫌。


 だからエレミアさんから戦い方を教えてくれるよう頼み込んだ。剣の振り方から体捌きまで、徹底的に鍛えてもらう。


 私達獣人は魔力量が人間よりも少ないが、その分身体能力に優れ、そこに身体強化の魔術を組み込めば、魔法を使う人を相手でも対等に渡り合える。



「いらっしゃいませ! 」


「い、いらっしゃいませ…… 」


 もう、シャルルったらまたそんな小さな声で、そんなんじゃお客さん帰っちゃうよ!


「あらぁ、別に良いんじゃない? 一生懸命声を出そうとする気弱な少年。それだけで胸がキュンッとしちゃうわぁ。ね? そう思わない? リタちゃん」


「えっ!? そ、そうですね。微笑ましくはありますけど? 」


 お店の常連さんである、薬屋のデイジーさんと服屋のリタさんが何時もの如く店の隅に設置したテーブル席で紅茶を飲みながら寛いでいる。


 ライルさんは新しいお客を呼び込めないって、この状況をあまり快く思ってはいないようだけど、私はこういうの好きだな。


 確かに、一見さんは少ないかも知れないけど、足繁く通ってくれる人は一定数いるのも事実。なにもお客が多ければ良いと言うものではなく、安定した客数もそれはそれで大事なのよね。


 また来たいと思わせる何かが、この店にはあると思う。


 鍛冶屋にいるドワーフのドルムさんがお酒を樽で買いにきては妖精と喧嘩をする。何時もの光景で今日も穏やかに過ぎていく。


 お父さん、お母さん。私達はこんなにも素敵な人達と出会い、元気に暮らしています。これからも、シャルルとこの新しい家族で頑張って生きていくから、心配しないで。

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