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腕なしの魔力師  作者: くずカゴ
【幕間】
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ヒュリピアの休日 後編

 

「よう! ヒュリピアちゃんじゃねぇか。また小遣いても稼ぎに来たのかい? 」


 インファネースの漁港に着いた私を見つけ、漁師のおじさんが話し掛けてきた。


「今日は遊びに来ただけだよ」


 私は海から上り、水魔法で海水を輪のように腰に巻き付けることで体を持ち上げ、陸上で泳ぐように移動する。


 丁度漁から帰ってくる時間帯なのか、漁船から魚が次々と運び出されていた。あの魚達はそのまま市場へと行くか、個人契約を交わしている店に直接運ばれるらしい。


 そんな漁師に混じって人魚の姿があった。私達も毎朝捕った獲物をこうして人間の市場へと運んでいる。といっても数は多くなく、大物だけを持ち込んで競りにかけるのが目的だけどね。


 大口の取り引きは決まっているから、個人で持って行って、売れたお金はその人の稼ぎとなる。たまに私も大きな魚が捕れた時は市場で競りに出してお小遣いにしているわ。


「おや? ヒュリピアのお嬢ちゃん。今日はお休みかい? 」


「あ、ヘバックのお爺ちゃん、おはよう! うん。今日はね、広場まで行くのよ! 」


 この人は東商店街の代表をしているヘバックお爺ちゃん。私が漁師の網に引っ掛かった時に、色々と助けてくれたの。


「そうかい。せっかくの休みだ、楽しんでおいで。そうじゃ、珍しいパンがあるんじゃが、食べるかの? 」


「パンって小麦粉を練って焼いたやつ? ありがとう! 」


 紙袋から取り出したパンは、太長で白い粉が掛かっていた。これが珍しいパンなの? 取り合えず一口齧ってみると、フワフワで、しかも甘い! この白い粉は砂糖?


「フォッフォッ、そいつは油で揚げたパンに砂糖をまぶしただけの単純なもんなんじゃが、それが中々癖になる味でのぅ。南商店街でちょっとした流行りになっておるんじゃが、太りやすいみたいでの、食べ過ぎには注意が必要じゃ」


「へぇ、人間って大変だね。体格を気にしなきゃならないんだから。私達はそういう変化はしたことないわね」


「それは何とも羨ましいのぅ。まぁ、何時も海で泳いどる人魚とワシらではそもそもの運動量が違うから、太りにくいのじゃろうて」


 ふぅ~ん? 泳ぐのと歩くのとじゃそんなに違うのかな? 歩いたことがないから分かんないや。でもパンを油で揚げるのか、脂肪が付き易いみたいだから人魚には良いかも。私達は長時間泳ぐ為に、下半身に脂肪を蓄えて力にしているの。この太りやすいパンは人魚にとって有り難いわね。


 美味しいパンを堪能した後、お爺ちゃんに手を振って広場へと向かう。


 昔から人間の街に興味があった私は、何時も遠目に眺めているだけだった。それが今ではこうやって街中にまで来ているなんて…… これもライルのお陰ね。


 初めての街でその文化に触れて、今もまだ驚きの中にいる。何もかもが新鮮で興味が尽きることはない。


 話に聞いていたお金というのを使って、ライルの店で初めて買い物をした時の興奮は今も覚えてる。


 広場へ着くと、その人の多さにたじろいでしまう。雑多な人混みというものにはまだ慣れそうもない。沢山の出店が並び、その店で買い物をする人間達は、どれも楽しそうな顔をしていた。


 早速私も店に並んで買い物をする。今まで貯めたお金も大半は食べ物で消えていくけど、新しい料理の着想に繋がるから決して無駄じゃない。


「そこの人魚のお嬢ちゃん! 串焼きはどうだい? お嬢ちゃん可愛いから一本おまけしちゃうよ! 」


 屋台にいるおじさんが慣れた様子で話し掛けてくる。獣の肉を串に刺して焼いたものね。私は四本買って、一本のおまけを含めて五本の串焼きを手に、近くのベンチに座って食べる。


 魚とは違う感触で噛み応えがあって良いわね。そしてこの甘辛いタレが肉と良く合う。獣臭さもなく、とても美味しい。この甘辛いやつ、魚の煮込みにも使えそうだわ。後で作って試してみよう。


 人魚がこんな街中まで来るのは珍しいのか、チラチラと行き交う人の目線を感じる。基本人魚は漁港にしか行かないし、何かを買うにしたって転移門でライルの店に行けば大抵の物は揃うので、ここまで来る必要はなかった。地上を移動するのも大変だからね。


 でも嫌な視線は一つも感じない。皆チラリと目を向けるだけで通り過ぎて行く。それもそうか、ここにはエルフもドワーフもいて、妖精なんか我が物顔で飛び交っている。このとても不思議な光景も、インファネースの人達にとってはもう日常の風景なのね。


 よし、休憩は終わり! お次は西商店街にある有名なお菓子のお店に行こう。漁師の人達から聞いて何時か行ってみたかったのよ。


 腰に輪のように巻いてある海水で体を持ち上げ、空中を泳ぐように進んでいく。見渡す街並はとても広く、沢山の人が歩いているその中に、私も含まれていると思うだけで何だかワクワクしちゃう。


 今は私達を受け入れてくれているけど、昔は人間との関わりを断つ程の事を私達にしたのだと女王様から聞いた。それに同じ種族で争ったりしてるし、人間って変な種族ね。私達も、エルフも、ドワーフも、有翼人だって同じ種族では争わないのに。


 知れば知るほど人間という種族か分からなくなる。でも、私はこの街が好き。また人間との関わりを断たなきゃならない時がきたとしても、この楽しい日々が過去になっても嘘にはならないから。だから、こんな毎日が永く続けられるように守っていきたい。


 女王様から聞いた話とはもう時代が違うのだし、きっと大丈夫。ライルのことだから、その内有翼人も連れて来たりして。そうなったら更に街は賑やかになりそう。全ての種族が集う街、インファネース。そう呼ばれる日がくるかも知れないわね。


 西商店街にある噂の喫茶店でお菓子を堪能した後、お土産に沢山のケーキを買っていったら、次の日から街中でもよく人魚を見掛けるようになった。


 なんだ、皆も興味津々だったみたい。ライル達がサンドレアから戻ってきたらきっと驚くかも。それとエレミアに私の新作料理を食べて貰いたいし、早く帰ってこないかな?

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