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「それともうひとつ、君に伝えなければならない事がある」
俺達の頭の下げ合いが終わった頃、イズディアからそう告げられた。 どんな内容なのか? まさか、そろそろ里から出ていってほしいとか言われないよな? 流石にそれはないか。 いや、この里に人間は俺一人だし、可能性はあるかも。
「ライル君、君をこの里で正式に受け入れる事にした。 君のこれ迄の行いと、エレミアの件で信用に値する人物だと認められた。これで君は里の一員だ」
……え? 俺が里の一員? 受け入れられた? 突然の事で処理が追い付かないでいると、
「良かったね、ライル! 今日から私達、里の仲間になるんだよ!」
エレミアが嬉しそうに声を上げていた。 それを聞き、俺も徐々に理解していく、俺はこの里にこれからも居てもいいのだと。
保護ではなく、自分という存在を認められ、受け入れて貰えた事がとても嬉しかった。
「これで晴れてライルもこの里の一員だね! だから、もう隠す必要はないよね? いいよね? 喋っちゃうよ」
「もう少し待ってくれないか? 私の家で話したいのだが……」
ん? なんだ? アンネとイズディアが気になる事を言っている。何を隠しているというのだろうか、思い当たるものはひとつしかないけど。
「ライル君、悪いが明日、アンネと一緒に私の家に来てくれないか? 頼みたい事があるんだ」
「はい、分かりました。 明日お伺いします」
イズディアは「頼んだよ」 そう言うと、帰って行った。 夕食の時間でもエレミアは大はしゃぎで、 食べなれた味なのに初めて見る料理で可笑しいと笑ったり、醤油が黒い! と騒いだり、お皿の模様が綺麗と感動したりと忙しい食事だった。
二人はそんなエレミアを見て、とても幸せそう笑っている。今日の夕食はいつもより長く、その後、皆でワインを呑み、エレミアを祝った――俺だけ果実水だけど。
『うまくいって良かったね!』
部屋に戻るとほろ酔い気分のアンネが喜んでいた――その片手には蜂蜜酒が入った酒瓶を握っている。
『ああ、失敗したらどうしようかと、ヒヤヒヤしたよ』
『馬鹿を言うな、我が構築したのだぞ。 失敗などするはずがなかろう』
ギルが心外だとばかりに鼻を鳴らす。ギルがいなければ義眼は出来ず、エレミアはまだ暗闇の世界のままだった。
『ギルのお陰だよ、ありがとう。 見た? 三人の嬉しそうな顔…… 本当に、良かった。 アンネもありがとう、ギルを紹介してくれて。 クイーン達もオーガ捜しお疲れ様、助かったよ』
本当に幸せなそうな食卓だった。 欲を言えば父親の姿も見せてあげられたらと思ったが、それは望みすぎだな。
『礼は不要だ。そういう契約だからな、だが気持ちは受け取ろう』
『ふっふ~ん! 存分に感謝したまへ、私の有難みが骨身に染みたでしょ?』
――協力、当然――
屋敷を出て約一年、まさかこんなに頼もしい仲間達と出会えるとは想像も出来なかった。 俺は一人じゃない、そう思えるだけで前に進める。 騒がしくも楽しい仲間達が、俺の背中を押してくれる。大丈夫、俺はまだ自分の足で歩いて行けるんだと実感できる。
翌朝、俺とアンネはイズディアの家へ訪れていた。ソファーに腰を掛け待っていると、
「やあ、朝早くすまないね。 よく来てくれた」
「いえ、お気になさらずに」
まずは軽い挨拶から始まり、世間話などの雑談をする。すぐに本題に入らないのは、流石に場馴れしていると思わせる。
「何で関係ない事をいつまでも喋ってんの? 早くしようよ」
これは妖精だから許されるのか? それともアンネだからかな? 話しの流れを切られてしまったイズディアは咳払いをして、本題に移った。
「ライル君、君に見せたい物がある。 付いてきてくれ」
そう言って席を立ち移動するイズディアに付いていく。 玄関とは反対方向にも扉があり、そこを抜けると外に繋がっていた。目の前の階段を下り森の中を進んでいくと、何やら広い空間に出た。
その中央にはとても大きな樹が大地に太い根を下ろしている。幹も枝も太く、広範囲に広がる枝は大きな日陰を作り、まるで傘のようだ。 その大きさに圧倒されていると、
「素晴らしいだろ? 樹齢五千年はあると言われている。我々エルフはこの樹を管理、守護するためにこの地にいる」
五千年…… 想像も出来ない年月をこの樹は過ごしてきたのか。そしてエルフ達はそれを代々守ってきた。 この樹な何なのだろうか?
「この樹は “マナの大樹” と呼ばれている。 マナについては知っているかな?」
「えっと、魔力の元で空気と同じように辺りに存在していると聞きました」
「ならマナは何処から生み出されているかは知らないのだね?」
何処から? 空気と同じようなものなら、酸素は植物から生み出される。ならマナは――
「――マナの大樹から生み出される」
「その通りだ。この大樹は、自らの栄養素をマナに変えて放出している」
「この他にも、大樹はあるんですか?」
流石にこれ一本だけでは、世界中のマナを生み出すのは不可能だろう。
「ああ、ここの他に最北の国 “レグラス王国” に、アンネの故郷の “フェアリレイク” 、勇者が造った東の島国 “ジパング” に、一本ずつ大樹がある」
ここを入れて大樹が四本か。 大樹一本でどれ程のマナを生み出されるのか知らないが、少ないと思ってしまうのは俺の杞憂なんだろうか? それと勇者よジパングって、そんなに日本が恋しかったのか。
「私の話を聞いて疑問に感じた事はあるかね? 正直に言ってもらいたい」
「そうですね…… 大樹の数がすくないかな、と思いました」
その言葉を聞いたイズディアは顔を顰め、軽く息を吐いた。
「君が思った事は正しい。 昔はもっと沢山あったのだよ…… 色々あってね、今では大樹は四本だけになってしまった。 人間達が殆ど切り倒してしまったんだ」
「人間が? 何故そんな事を?」
「枝や幹は魔道具などの材料に、葉は薬の材料になる。とても高価で取引されていてね、それは今も変わらない。 人間達はマナの木が世界に必要な物だと知っていながら、いや、知っていたからこそ大量に伐採していった」
世界にとって絶対に必要だからこそ高値がついたんだな。前の世界で珊瑚を密漁しているようなものか。
「では今は昔に比べて、マナが少ないと言うことですか?」
「ああ、このままではマナが “枯渇” してしまう」
え!? それって、この世界から魔法や魔術か無くなるってことか!




