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レイスの体は細胞ではなく、百パーセント魔力で構築されている。故に如何なる物理的干渉も受けなければ与えることもない。出来る事と言えば、触れてる相手の魔力を吸うのと、相手に憑依して体の自由を奪うくらい。
しかし、レイス自体にも術式を刻む事は出来る。魔物ではあるが、魂は人間と大差ないので魔術も問題なく使えるのだ。
なのでテオドアには、魔力を変換するだけの単純な術式を刻んだ。普通の人間ではただ火を生み出す魔術に過ぎないが、全身が魔力で出来ているテオドアが使うと、その魔力を変換して炎の体へと変貌してしまう。
「くそっ! 暑いし、鬱陶しいんだよ! 」
アンデッドキングが血の剣でテオドアを斬りつけるが、全く効いていない。
「ヒァハハ! 今の俺様の体は魔力じゃなくて炎なんだぜ? んなもん効くかよ! 」
「はったりは止しなよ。そんな魔力の使い方してたら、すぐに無くなってこの世に留まれなくなる」
そう、アンデッドキングの言う通り、肉体を持つ者なら魔力切れを起こしたとしても休めば回復出来るが、レイスであるテオドアの魔力が切れると、自分を体を維持出来ずに消えてしまう。
なので今のテオドアの状態は、正しく己の体を削っているのと同じ。テオドアの魔力量なら、五分もすれば完全に魔力が切れるだろう。それほどに燃費が悪く、リスクが大きい。
そのデメリットを無くす為に俺がいる。湯水の如く消費されるテオドアの魔力を俺が供給する事で、長い時間その状態を維持出来るという訳だ。と言っても俺の魔力も無限ではないので、あまり長引かせないでほしいが。
テオドアの炎と化した体がアンデッドキングを焼こうとするが、避けられてしまってなかなか近づけない。
「慣れてしまえば大したことはないね。魔力が切れるまでこうしてれば良いんだから」
いくら強い力を持っていても当たらなければ意味がない。もし、俺が魔力を供給していなかったら、もうとっくにテオドアは消えていただろうな。
「舐めるなよクソガキ。俺様の力が炎だけだとでも? 」
不敵な笑みを浮かべたテオドアの体が、炎からパチパチと明滅する紫っぽい光へと変わり、目にもとまらないスピードでアンデッドキングとの距離を詰める。
雷へと変貌したテオドアのスピードに反応出来ないアンデッドキングは、感電させられ苦悶の叫びを上げた。
「このまま黒焦げにしてやるぜ! 」
ご覧の通り、テオドアが変化出来るのは何も炎だけではない。光と闇を除いた残りの五属性に変化が可能である。
「いい気になるなよ! レイスごときにボクが、アンデッドキングであるボクが負ける訳がないんだ!! 」
どうにかあの感電地獄から抜け出したアンデッドキングの周りに、デスナイトを喚び出した時のように闇が集り、中から二体のグールが出てきた。
ん? 今更グールだと? どう見ても普通のグールだ。何のために喚んだのか分からないでいると、突然アンデッドキングが喚び出した二体のグールの首を血の剣で刎ね飛ばした。
俺はまだ気づけなかったが、テオドアには心当たりがあったようで、雷の体で急いでアンデッドキングに向かったけど間に合わず。グールの傷口から夥しい量の血が出て壁となり、テオドアの行く手を遮った。
そうだった。ヴァンパイアの持つスキル “血液操作” は、魔力を込める事で自分の血と他人の血を操れると聞いたな。成る程、ああすれば自分の血を使わずとも済む訳か。魂も意思も持たないグールだけど、そんな道具のように利用するなんて、見ていて気分は良いものではない。
アンデッドキングは二人分の血液を操作して、血の槍で刺し、血の弾丸を撃ち込み、血の槌で叩き、血の鞭を振るい、血の牙や爪でテオドアに攻撃を仕掛ける。
対するテオドアも、自分の体を炎にしては焼き、風になっては吹き飛ばし、水になって攻撃を躱し、土魔術で腕を金属に変えて殴り、雷に変化してアンデッドキングを翻弄する。
「おかしい、もうとっくに魔力は切れている頃だ。いくらテオドアでもそんなに魔力量が多い筈がない…… そうか、お前か人間! お前がテオドアに魔力を送っているのか!! 」
あ、ヤバイ。何時までも消える気配のないテオドアに、アンデッドキングが疑念を持ち始め、後ろにいる俺と目が合った事から、俺がテオドアに魔力を供給しているのがバレてしまった。
俺へと狙いを変えたアンデッドキングの血の槍が迫ってくる。魔力飛行で床から数センチ程浮かんで滑るように避けるが数が多い。テオドアを無視して先に俺を仕留める気だな。
テオドアの攻撃を躱しながら、尚も執拗に俺を攻撃し続けるアンデッドキング。本当にしつこい。ふと気付くと、俺を中心とした血のサークルが出来ていた。そのサークルから先が鋭利になった血の触手が複数生え、完全に包囲されてしまう。
まいったな、動けるスペースが制限されしまった。触手達は俺を貫かんと先端を突き刺してくる。次第に速くなる触手攻撃が俺の肩に掠った。服が破れて露出した肌から血が垂れる。これに動揺して動きが鈍ってしまい、太腿や脇腹に続けて受けてしまう。
くそっ、痛い…… 思えばこんなに体を傷つけられるのは久しぶりだ。五年ほど前に、金で雇われて俺を殺そうとした御者以来かな?
魔力で身を守りたいが、テオドアとの繋がりが疎かになってしまうので、今はひたすらに避けるしかない。
『ライル君、僕も出ますよ。このままでは危険です! 』
『私達もライル様の為に! 』
アルクス先生とアルラウネ達が魔力収納内から出てこようとする。
『駄目だ! 今出てきたら殺されてしまいます。俺ならまだ大丈夫だから―― 』
『―― ライル君! 危ない!! 』
しまった! アルクス先生の声で気付いたがもう遅い。血の触手が俺の腹目掛けて迫って来ていた。あ、これは無理だ。俺は本能で悟った。これは絶対に当たると…… 意識だけが覚醒したのか、まるでスローモーションみたいに近付いてくる触手に、あれで腹を貫かれた痛いんだろうなぁ、なんて呑気に考えていたら、一条の光が横から伸びてきた。
「よぉ、相棒。危なかったな」
俺の前には、体を土魔術で金属に変化させたテオドアが血の触手を防いでいた。
「助かった。ありがとう、テオドア」
「なに、相棒がやられちまったら、俺様も終わりだからな。それでなくてもあのおっかねぇエルフ女に消されちまう」
そう言って笑うテオドアは、今度は雷に変化して周りの触手達を一掃し、俺は血のサークルから抜け出す。
「さて、相棒の事もバレちまったし、ここからはより一層慎重にいかねぇとな」
「あぁ、そうだな」
俺とテオドアが見詰める先には、今にも飛び付いて来そうな程に怒りで顔を歪めるアンデッドキングがいた。




