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腕なしの魔力師  作者: くずカゴ
【第十三幕】砂の王国と堕落せし王
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 エレミアとアグネーゼが席を立ち、臨戦態勢に移る中、まだ混乱の最中にいる俺と余裕の態度を崩さないゲイリッヒだけが座っていた。


「戦うと言うのなら、お相手するのも吝かではありませんが、どう致しますか? 」


 ゲイリッヒが俺に今ここで戦うかと問いてくる。


 えぇ、と…… どうしたらいいんだ? アンデッドキングが此処へ向かって来ているのが本当なら、まとめて相手をするよりまだ一人でいるゲイリッヒを先に倒すべきか? というか、エレミアとアグネーゼはそのつもりみたいだけど。


「ライル、今の内にゲイリッヒを討たないと、後々後悔するのは私達よ」


「ライル様、ご決断を。私はもう覚悟は出来ております」


 二人の殺気に当てられているというのに、ゲイリッヒは落ち着いた様子でワインを飲んでいる。


 なんだろう? 何故か敵意が感じられない。本当にゲイリッヒは俺達と戦う気はあるのか? それに今までの態度からして少なからず好意的なものも感じた。


「最初のヴァンパイアとは、どの様な方だったのですか? 」


 俺は自分でも驚くほど穏やかな口調でゲイリッヒに尋ねた。そんな俺にエレミアとアグネーゼが えっ!? と驚き顔を向ける。


 ゲイリッヒも初めは目を見開いていたけど、すぐに表情を和らげた。


「とても聡明で優しい御方でしたよ。いえ、優しすぎてしまった。あの御方がヴァンパイアになったのは領民達の為だったのです。当時は大陸中に疫病が蔓延していましてね。特効薬も無かった時代、民達を守るには疫病にも負けない丈夫な肉体を作るしかなかったのです。そこで目をつけたのが魔物でした。何故か魔物、魔獣といった存在は病気に掛からないのが判明しまして、ならば自分達も魔物のように強くなろうと研究を始めたのが切っ掛けでした。その先は歴史にある通り。私はあの御方が領主であった頃から仕えておりましたが、いつも領民達を第一に思いやり、ご自分を省みないお人でありました。奥方様とお子様にも恵まれ、誰から見ても幸せな家庭だったと思います。疫病が蔓延した時も、あの御方による適切な指示で感染速度は抑えられましたが、病気自体は無くならず、完成した新たな術式をあろうことか御自身でお試しになられたのです。その結果がヴァンパイアです。そして疫病に侵されていた家臣達にヴァンパイアになって生き長らえるか、人として死ぬかを問いて回りました。私も含め、半数以上がヴァンパイアになることを選び、奥方様も病気ではありませんでしたが、共に生きるという誓いを守る為、ヴァンパイアになる事を選んだのです」


 伝わっている歴史とだいぶ違うな。まぁ、歴史とは勝者が残す物だから、都合よく書き換えられるのは常識である。


「そして望む領民達をヴァンパイアに変え、我々は疫病の恐怖から解放されました。しかしそれだけでは収まらず、何処から情報が漏れたのか、疫病から逃れたい者達が領地に殺到してきたのです。あの御方は優しい、助けを求める人々を無視する事が出来ずに、次々とヴァンパイアにしていきました。ですが、世界の理から外れた存在を多く生み出した事により、神の怒りを買ってしまわれ、世界からアンデッドという魔物に分類されてしまったのです。そこから我々と教会の者達との気が遠くなる程の長い対立が始まりました。そして気が付くとあの御方は魔王となっていたのです」


 ヴァンパイアは生きる為に、教会の者達は神の意思に従い、お互いに争い合う。難しいな…… 教会は留まる魂に次なる生を、ヴァンパイアは理不尽な死から人々を救う為に生まれた種族。一概に悪と正義に分けられるような話ではない気がする。だからといってこれ迄してきた事を許す訳ではない。


 要は人間と同じだ。魔物、人間という構図ではなくて、人間同士の国取りのようなもの。様々な事情があるとは思うが、それはそれ、これはこれ。お互いに正当化できるものがあり、もう譲れない所まで来ているのだ。今さらこの戦争は止められないだろう。


「…… あの御方は何時も孤独でした。仲間に囲まれても、家族と過ごしておられた時も、ふとした拍子に寂しげな表情を浮かべるのです。まるで此処ではない何処かを眺めているかのような遠い目をしていました。その孤独感を、寂しさを、ついぞ私はあの御方から消し去る事は叶わず、逆に私の心に埋まることのない穴が開いてしまったのです。貴方なら…… きっとあの御方の孤独の理由を理解出来たのではと、そう思わずにはいられません」


 孤独か…… 五百年の勇者クロトは前世の記憶を持っている事から、この世界を否定して帰りたがった。シャロットも領民には慕われているが、たまに価値観の違いを見せられて寂しくなる時があると言っていたし、俺もこの世界に生まれ変わってから、よく前世を振り返る事が多くなった。


 違う世界で、ただ一人取り残された不安と、共感してくれる者がいない孤独。俺はシャロットという同じ境遇の人と出会えたから、クロトや最初のヴァンパイアの気持ちは完全に理解は出来ないだろうな。


「それでも、貴方方が犯してきた罪は消えません。それに、これ以上世界に留まる魂を増やしてはならないのです。世界が崩壊する恐れがありますので、私達はこれからもアンデッドを浄化し続けなければなりません」


 アグネーゼは悲痛な顔で言葉を紡ぐ。そんな様子にゲイリッヒは理解を示した。


「えぇ、分かっておりますとも。我々は決して相容れる事は出来ないと…… 疫病も去り、あの御方もいなくなった世界に何の未練もありません。私と、後の二人もアンデッドを増やさないように人間達から距離を置いて過ごしております。ですが、今の若い者達は昔を知らない。それを率いるのが若きアンデッドキングであり、彼等は自分達を誇示する事しかしない。これでは二千年前と同じです。歴史は繰り返すというのでしょうか? 」


 若い者…… おいおい、ヴァンパイアの中には五百歳の奴だっているのに、二千年も過ごしてきた者にとっては、若者になるんだな。


 そう関心していると、外から強い魔力反応を感じた。反射的に顔をその方向に向ける。そんな俺の反応を見て此処にいる誰もが気付いたようだ。


「おや? 来ましたか」


「そう、ついに来たのね」


「強大な穢れを私も感じます。これが、アンデッドキングなのですね」


『来たか…… この時を待ちわびたぜ! 』


『おっし! ここからはあたしの出番だね! 』


 ふぅ…… 緊張してきた。キング種と戦うのは何気にこれが初めてなんだよな。ゴブリンキングはギルが、オーガキングは黒騎士が倒してたからね。でも今はギルも黒騎士もいない。俺達だけでアンデッドキングと戦わねばならないんだ。


「それでは、お手並み拝見といきましょうか。じっくりと貴方を見定めさせて貰いますよ」


 ゲイリッヒは期待の籠った眼差しを向けてくる。何を勝手な事をと思うが、この様子だと傍観を決め込むようなので、それはそれで都合が良い。


 俺達は今度こそ臨戦態勢を取り、部屋の扉を注視する。


 視える…… 凄まじく強大な魔力が少しずつ近付いてくる度に呼吸は荒くなり、額から汗が垂れる。そして、部屋の扉がゆっくりと開いて中に入ってきたのは、どう見ても俺と同じ位の少年だった。

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