66
アンネの精霊魔法にてユリウス殿下とクレス達に合流する。まだリビングアーマーが控えているので心配だが、この戦争を早く終わらすには王を直接狙うのが手っ取り早い。
「ライル君、出来ればで良いのだが、ギルディエンテを此処に残す事は可能だろうか? 」
「ギルを、ですか? 」
「あのリビングアーマーが相手では、此方の犠牲は計り知れない。我々が王を討つまでにどれだけの人が死んでいくのか…… これからゲイリッヒと会うのに、戦力を分散させる真似をしてすまないとは思うが、どうか兵士達の力になって貰いたい」
う~ん、確かにギルだけがリビングアーマーに傷を付けていたな。ギル一人で何か変わるとは思えないけど、それで一人でも助かる命があるのならギルに頼むのも吝かではない。
ゲイリッヒは危険な存在だが、ギルがいなくともムウナがいる。もし戦う事になってもムウナが出れば勝てる見込みはあるかも。
『ギル、此処に残ってリビングアーマーの相手をして貰っても良いかな? 』
『フム…… 仕方ない、残ってあの鎧人形共を破壊し尽くせば良いのだろ? 』
了承も得た事だし、ギルを残して俺達は精霊魔法で王都内にある赤蠍亭の最上階まで転移する。その部屋で潜入調査をしている冒険者のガンビットと、神官のエイブラムが迎えてくれた。
「お待ちしておりましたユリウス殿下。さ、このローブを…… 」
エイブラムがさっと手渡したローブに、ユリウス殿下は身を隠す。
「ガンビット、王都内の様子はどうだ? 」
「はい、殿下が危惧されたような混乱は今のところ起きておりません。民衆達はまだ何が起こったのか把握しきれてはいないようです」
「分かった、引き続き監視を頼む。それと騒ぎが起きたら周りの者達と協力して鎮圧するように」
俺達は宿を出て真っ直ぐ王城を目指す。王都の外で繰り広げられる騒ぎに、住民達が何事かと目が釘付けになっている横を俺達は何気無い顔で通り過ぎていく。
ぐずぐずはしていられないが、あからさまに走ったりなんかすると怪しまれる恐れがあるので、早足で移動する。
「それでは、ライル君達とは此処で別れよう。お互いにまた生きて会おう」
「はい。必ず、また」
ユリウス殿下、クレス、レイシア、リリィの四人は王城へ、俺達はゲイリッヒに会う為、貴族街へと向かった。
ユリウス殿下達は城と別の方向へ行くが、王族だけが知っている秘密の通路があるのだそうで、そこを通って城内に侵入するつもりらしい。
俺達には王都に詳しい者がいないので、堂々真正面から貴族街に突入するけど、まぁ何とかなるでしょ。
それなりに大きな館が密集している区画に足を入れる。ここには位の低い貴族達が住んでいるらしい。ゲイリッヒに館へ招待されたは良いけど、肝心の館の場所が分からない。流石にここら辺にあるのでなく、もっと奥にあるという高位の貴族が住んでいる所だと思うけど…… 一軒ずつ訪ねるのは骨が折れるな。
何か良い方法はないかと思案していると、向こうから馬車が一台、此方へと走ってくる。御者台には身なりの良い男性が乗っていて、馬車から降りて一礼してきた。アグネーゼの見立てでは彼はアンデッドではなく人間のようだ。
「ライル様とそのお連れの方々で御座いますね? 我が主から丁重に迎えるようにと申し付けられております。主の館までご案内致しますので、どうぞ馬車へお乗り下さい」
俺達は軽く目を合わせた後、馬車へと乗り込んだ。
「迎えを寄越すなんて、あいつは何を企んでるのかしらね? 」
「馬車には何も細工されていないようだし、探す手間が省けて助かるよ」
「ライル様、どんなに礼儀正しかろうがアンデッドには変わりありません。卑劣な罠が用意されてるかも知れませんので、油断なさらないようお願い致します」
おっと、少し呑気に構えてたかな? アグネーゼに注意されたので、今一度気持ちを引き締める。
暫くすると馬車の揺れが収まった。どうやら館に到着したみたいだ。
馬車から降りて周りを見る。そこは貴族街の入り口付近にあった館とは違う大きな建物、それに広い土地。ここがゲイリッヒの住居か。
「主が中でお待ちです。どうぞ、此方へ」
御者をしていた男性が、使用人らしき人物に馬車を預け、館の中へと案内してくれる。広すぎるエントランスを抜け、柔かな絨毯が敷き詰められた階段を上がり、見事な意匠が施された扉を開けた先には、数々の宝飾品が飾られている部屋の中央で、テーブル席に優雅に腰掛けているゲイリッヒの姿があった。
「ようこそ、我が館へ。 さぁ、遠慮せずに席へ…… 君、あのワインを持って来てくれ」
「畏まりました」
案内してくれた男性が綺麗に一礼して部屋から退出して行くのを何となく見届け、座ってくれと言われたのだからと一応、席に着いた。
おぅ、この椅子は座り心地が抜群だな。この柔らかすぎず、かといって固すぎない絶妙な感触。これなら長時間座っていても疲れにくそうだ。後で魔力支配で解析しておこう。
「お気に召したようで何より。この椅子の座り心地は私も気に入っています」
気持ちが顔に出ていたのか、椅子に座る俺を見て、ゲイリッヒは嬉しそうに微笑んでいた。
「先ずはご招待ありがとうございます。手土産の一つでも用意出来れば良かったのですが、何分急なお誘いでしたので、ご容赦願います」
「いえ、気を使わずとも結構です。こうして来てくれた事だけで、私は満足ですので」
ここでワインが運ばれてきて、グラスに注がれる。ほぅ、赤ワインか。色は鮮やかというより少し暗めだ。
「私の持つワインの中でも取っておきを用意しました。この素晴らしき出会いに、乾杯」
俺の魔力で操る義手が持つグラスとゲイリッヒのグラスが軽く合わさり、チンッと音が鳴る。俺にはこれが第一ラウンド開始のゴングに聞こえた。
 




