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今日攻めてきたアンデッドを率いていたと思われる三人の獣人ヴァンパイアを仕留めた事により、戦況はだいぶ此方に傾いた。
残った数人のヴァンパイアもクレス達が対処し、後に残るはグールとスケルトンだけ。ここからはもう人間達がアンデッド共を蹂躙していった。
意思持たぬグールとスケルトンはどんなに不利な状況でも決して後退はしない。なので必ず殲滅戦になってしまう。一体でも残すと後々危険だからね。
冒険者達は疲労が溜まっているが、ヴァンパイアがいなくなった事で心に余裕が出来たようで、今では早く終わらせてぐっすり眠りたいと言って欠伸をしていた者もいる。
反対に、ギルは楽しそうにスケルトンの頭蓋を砕き、グールを肉ブロックへと変えていた。よっぽど気に入ったんだな、その新しい大剣。素材はギルの鱗と爪だから、手に良く馴染むのだそうだ。
「お~い! おつかれ~ 」
おや? まだ戦いは終わっていないのにアンネが戻ってきたぞ?
「どうした? まだアンデッドは残ってるけど? 」
「もうこっちが勝ったも同じっしょ? それよか久し振りに暴れたから疲れちったよ。魔力収納で休ませてくんない? 」
まぁ確かに、もう雌雄は決しているか。アンネを魔力収納に入れると、収納内にある家のテーブルの真ん中で大の字になって寝ころんだ。
『ふぃ~…… やっぱり我が家が一番だね! 落ち着くわぁ~。そうだ、ライル。あたし頑張ったよね? だからさ、ご褒美のデザートワイン用意してよ! 』
まだ全部終わった訳ではないけど、頑張ったのは事実だからしょうがない。俺は保存庫にあるデザートワインをアンネに渡した。
『やったぁ!! これこれ♪ …… ぷはぁ~、この一杯の為に生きてるって感じがするね! 』
テーブルの上で胡座をかき、デザートワインを手酌で飲むアンネ。お前はオッサンかよ。
「ライル、怪我はない? 」
近くまで攻めてきたスケルトンを片付けたエレミアが小走りで近寄ってくる。
「おつかれ、エレミア。お陰様でこの通り、かすり傷一つ付いていやしないよ」
「そう、良かった。この調子ならもう終わりそうね」
目の前でアンデッドを退治している冒険者達を眺め、エレミアは戦の終わりを感じ取っていた。
俺もハニービィの目を通して戦場を把握しているので大体は分かる。此方の勝利は揺るぎないと。
だが、犠牲も少なくはない。正確な数はまだ分からないけど、今回の戦での死傷者は多い。死んでしまった者はどうしようもないが、負傷者は出来るだけ迅速に治療を施して、王都攻めに万全の状態で挑んで貰いたい。
うん? 戦場を空から見渡すハニービィの瞳に映る一人の人間に俺は軽く頭を抱えた。ユリウス殿下、前に出過ぎですって。
『ユリウス殿下、ヴァンパイア達はもういませんので、後は冒険者達にお任せして、早く後ろへお控え下さい』
『ライル君か? いや、訓練を長くしていなかったものでな。丁度良いのでこのまま前衛でアンデッド共の相手をしようかと』
魔力念話でユリウス殿下に戻るようお願いすると、訓練に丁度いいから残ると言ってきた。戦場のど真ん中で王太子様がいたんじゃ冒険者達の邪魔になる。戦は訓練でなく本番ですよ?
『そうですか、分かりました。この事はきっちりマリアンヌさんにご報告致しますのであしからず』
『は? 待て待て! どうしてそこでマリアンヌが出てくるのだ? 』
フフ、焦ってますね、殿下?
『それは、いずれ王妃様になられる御方ですので、夫となるユリウス殿下の事をお伝えするのは当然かと存じますが? 如何致しましたか? 』
『いや、マリアンヌには直接私が話す。だから余計な事は言わぬように頼むぞ! 』
『なら、後ろへと下がって頂きますね? 』
『わ、分かった。ライル君の要求を飲もうではないか。すぐにここから離れるとしよう』
まったく、そんなにマリアンヌさんに泣かれたくなかったら、初めから前に出なければいいのに。ユリウス殿下はまだ足が治ったばかり、そのうえ足を再生するのに必要な細胞をかき集めた事で、ユリウス殿下の体は出会った頃よりもずっと細くなっている。本当ならまだまともに動ける状態ではないというのに…… 流石は異世界、俺が思ってる常識とはだいぶかけ離れているので戸惑うばかりである。
◇
港町の酒場には昨日の成果や戦場での事で大盛り上がりだ。
昨日、ユリウス殿下が後ろへと下がって指揮に尽力した結果、港町防衛は成功した。空も白み始めた頃、取り合えず死傷者を港町にある、まだ取り壊されずに残っていた教会に集め、後程死者は丁寧に埋葬した。
被害は決して少なくはなかったが、正直安堵している自分がいる。もっと多くの犠牲が出ると身構えていたからね。かといって死者が出るのは当たり前だとは思っていない。望むなら、誰も死なずに戦争を終わらせたい。無理な願いだと分かっているけど、願うだけなら自由だ。
そして夜。勝利に浮かれる冒険者達は、酒場でお互いの勇姿を讃え合っていた。その中には勿論ガストール達の姿もある。と言うか誘われて俺とエレミアとアグネーゼの三人もいるんだけどね。
ギルも冒険者達と混じり酒を飲み、アンネを筆頭とした妖精達も酒場でどんちゃん騒ぎ。
『いやぁ、皆さん楽しそうですね。何だか僕だけ何もせずに申し訳なく思いますよ』
魔力収納から俺の目を通して酒場の様子を見ていたアルクス先生が、ジパングから仕入れた純米酒を飲み、所在なげにしていた。
『アルクス先生はどちらかと言うと、戦闘向きではないので仕方ありません。その分、術式の開発や改良に力を貸して貰ってますから、無理に戦おうとしなくても大丈夫ですよ』
『そう言って貰えると助かります。しかし、ライル君も随分と逞しくなりましたね。初めて出会った日がついこの間のように思えます。あの頃からライル君は、普通の子供ではありませんでした―― あっ、見た目の話しではありせんよ? 何て言うか、内面? ですかね? 五才の子供なのに、中身が成熟した大人のようだったのを覚えています。あれからもう十年ですか…… 本当、時が経つのは早いものですね』
アルクス先生が遠い目をして当時を思い出している。あの頃は俺も魔術や魔法に夢を膨らませていたっけ。それなのに、魔法は授かれず、魔術に至っては自身に術式を刻めない体だと分かってガッカリしたものだ。でも魔道具があるからそこまで絶望はしなかったけど。
『ねぇ、小さい頃のライルってどんな感じだったの? 』
『確か、エレミアさんはライル君が十才の時に出会ったのでしたね。ライル君は五才と思えない程の理解力を僕に見せてくれました。魔術講師として、これほど教えていて楽しい生徒は後にも先にもライル君だけでしたよ』
アルクス先生とエレミアが、俺の昔について盛り上がっていた。自分の過去を話題にされる程恥ずかしいものはない。だというのに、途中からアグネーゼも加わってきてもう聞いてられない。出来るだけ話の内容は聞かないように、俺はひたすらに酒を煽った。




