57
熊獣人ヴァンパイアの血液操作で形成された鋭く太い爪が周囲の冒険者を巻き込みながらクレスを襲う。
腕を一振りするだけで冒険者達が鎧ごと切り裂かれる。
「アンネ! 精霊魔法で傷付き、動けない者達を安全な町の中へ送ってほしい。頼めるか? 」
「おうよ! がってん承知の助!! 」
江戸っ子な返事をしたアンネの精霊魔法で戦闘が続行不可能な冒険者達を送っていく間、クレスとまだ戦える者達で熊獣人ヴァンパイアを抑えていた。
「グッ…… こいつはキツいな。おい、クレス。何か秘策はねぇのか? 」
「悪いけど、そんなものがあったらこんなに苦戦していないさ」
「へっ! 違いねぇ」
クレスと軽口を叩いているあの冒険者、中々の実力者だ。確かクレスと同じミスリル級だったよな? 他にも同じような実力の持ち主が二人いるけど、あの人達もそうなのだろうか?
だとすると今、熊獣人ヴァンパイアの相手をしているのは、クレスを含めてミスリル級冒険者が四人か。戦力としては申し分ない筈なのだが、敵が強すぎる為か戦況は拮抗しているように見える。
「鬱陶しい人間共め、俺の爪でズタスダに切り裂いてから血を啜ってやる。だが、お前らの実力なら俺達の仲間にしてやらん事もない。どうだ? ヴァンパイアになって共に永遠に生きる気はないか? 」
は? あの熊獣人ヴァンパイアはクレス達を勧誘しているのか? 確かにミスリル級の冒険者なら、さぞかし強いヴァンパイアになるだろうな。
「断る! 生憎と僕は永遠に生きるなんてのには興味ない。それに、ヴァンパイアはアンデッドであり、生きているとは言えない。死人としてずっとこの世界に留まるよりも、僕は人としての死を選ぶ! 」
間髪入れずにクレスは勧誘を許否した。それにつられて他の冒険者も睨みを利かせる。
「俺もクレスと同意見だ。ヴァンパイアになんてなってたまるか。ふざけんじゃねぇよ」
「私もお断りだね。ヴァンパイアになっちまったら子供が産めなくなるんだろ? そんなのはごめんだよ」
「あまり俺達を舐めるなよ? 何がヴァンパイアだ、生きる事から逃げ出した臆病者め。人間の力を思い知らせてやるぜ! 」
おぉ、良かった。だれか一人でもヴァンパイアになるなんて言い出したら危なかった。あんなヴァンパイアに加えてミスリル級の冒険者まで敵に回っては勝ち目はほぼ無くなってしまうところだった。
「ならば望み通り、人としての死を与えてやる。誘いを断った事を後悔しながら死ね!! 」
血で出来た熊の腕を振り上げ、一人の冒険者へと勢いよく下ろすが、冒険者は紙一重で避ける。
熊獣人ヴァンパイアがその冒険者にかまけている間に、残りのミスリル級冒険者とクレスは隙を伺い、ジリジリと距離を詰めていく。
そしてタイミングをアイコンタクトで図り、一斉に無防備になっている箇所に攻撃を仕掛ける。
初めはどうにか防いでいたが、四人ものミスリル級冒険者を相手にジワジワと追い詰められる熊獣人ヴァンパイアは、苛立ちに顔を歪めていた。
「俺は人間を越えた存在になったんだ。こんな所で貴様らなんかにやられてたまるかぁ!! 」
熊獣人ヴァンパイアは雄叫びを上げ、血の爪を振るう。それは空気と一緒に運悪く一人のミスリル級冒険者をも切り裂いた。
「っ!? いや、思ったより傷は浅い。アンネ! 早く町の中へ! 」
「分かってるって! ちゃんと送るから、あんたはさっさとあいつを倒しちゃいなよ」
ふぅ、死ぬことはなかったが、戦闘からは離脱してしまった。これで三対一になったか。それでも数は此方が有利だし、ヴァンパイアは傷が治ると言っても、疲労までは回復しないようで荒く肩で息をしている。
「何故だ! ヴァンパイアの方が人間なんかよりずっと優れていると言うのに、何故そこまで人である事に拘る! 所詮人間は欲に塗れた不完全体だ。ヴァンパイアこそ、次代を担う種族となる。それが理解出来ないのか? 」
「確かに、ヴァンパイアは人間よりも肉体的に優れている。それは認めるよ。だがそれだけだ! 子供を授かる喜びが、死を受け入れる覚悟が、愛する者と共に歳を取る幸せが、お前らに分かるのか? 分かる訳ないよな? その全てを放棄した者なんかに、僕達人間の何たるかを語る資格は無い!! 」
クレスの体と剣が眩く光り出す。一瞬で熊獣人ヴァンパイアとの間合いを詰め、光速の剣戟が繰り出される。
血の爪で受けようとするが、光り輝くクレスの剣に触れるだけで、まるで豆腐のようにスッと刃が通る。
「ば、バカな!? 俺の爪が…… だが、腕を落としただけでは俺は止まらん! 」
斬り落とされる自分の腕を見て、唖然とする熊獣人ヴァンパイアだったが、高速再生と血液操作のスキルにより腕を戻して反撃に出る。
クレスの光魔法はとっくに切れていた。やはりあの魔法は長く維持出来ないみたいだ。十本の血の爪がクレスの命を奪わんと迫り来るが、二人の冒険者が剣で弾いてクレスを守る。
「やらせるか! 」
「行きな、クレス! 止めは任せたよ! 」
両腕を弾かれた事により、がら空きとなった胴体に、クレスは剣に纏わせた光りの刃を伸ばし、上段から振り下ろす。
頭から縦に唐竹割りにされた熊獣人ヴァンパイアだが、灰にはならず再生しようとしている。これでもまだ死なないのか。
「おっしゃあ! お待たせい! 真打ち登場、アンネちゃんですよ!! 」
そこへ負傷者を町へと送り終わったアンネが精霊魔法で、熊獣人ヴァンパイアの周囲に無数の光りの矢を生み出しては、再生途中の体を滅多刺しにする。これには流石のヴァンパイアもこたえたようで、踠き苦しみ始めた。
「これで終わりだ! 人間をやめた事を後悔するんだな! 」
クレスの剣先から放たれる光線が熊獣人ヴァンパイアの胸部を魔核ごと貫いた。すると再生していた体はピタリと止まり、徐々に体が灰にとなり崩れる。
それを見届けたミスリル級冒険者は、緊張の糸が切れたのか、地面に座り込んだ。
「はぁ…… しんどかったぜ。こりゃ特別手当てを貰わないとやってられんな」
「何だい? 男の癖にだらしないね。ほら、まだ終わってないんだから、気を抜くんじゃないよ」
女性のミスリル級冒険者に言われ、座っていた男性冒険者が渋々立ち上がり、残りのアンデッドを討伐しに動き出す。
「ふぅ…… さて、僕らも行こうか」
「そだね。結構アンデッドの数も減ってるみたいだし、もうすぐ終わるんじゃない? 」
上がった息を整えたクレスは、残りのアンデッドを討伐する為、アンネと一緒に再び走り出すのだった。




