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腕なしの魔力師  作者: くずカゴ
【第十三幕】砂の王国と堕落せし王
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 ついにアンデッド達が本腰を入れてきたみたいで、大軍がこの港町に向かってきていると言う。


 この四日で集まった神官と冒険者の数はお世辞にも多いとは言えない。アンデッド達は陽が出ている間は動けず夜に移動している為、歩みは遅く、まだ若干の余裕がある。それまでにどれだけの人数が集まるか…… いざとなったらムウナの参戦も視野に入れなければな。



 この日も炊き出しをしたり、アンネと妖精達が使う精霊魔法の為に魔力を供給し、宿のラウンジでエレミアとアグネーゼと共に休んでいた。すると見るからに疲れているであろうユリウス殿下が歩いて来る。何だか凄く思い詰めた表情だ。


「大丈夫ですか? 随分とお疲れのご様子で」


「あぁ、ライル君。いや、人は順調に集まって来ているんだが、物資がね…… 特に食料が心許ない。ライル君達が行っている炊き出しには本当に助けて貰っているよ」


 人が集まれば、食料もその分必要になってくる。俺の魔力収納にある食材はまだ余裕があるけど、それも何れは尽きてしまう。インファネースだけの支援では追い付かなくなってしまったか。


「リラグンドからの物資が、もう暫くしたらインファネースに届く事になっている。そうしたらすぐにでも妖精達に此処まで届けて貰い、王都に向けて出立する予定だ。だけどその前に大規模な防衛が待っているがね」


 ソファーに深く腰掛けたユリウス殿下は長い溜め息を溢す。


「正直、不安で仕方ないよ。この戦でどれだけの人が減ってしまうのか…… それで王都へと攻める人員も確保出来ずに防戦一方になってしまわないかとね。彼等はしようと思えば国民達をアンデッドに変えて戦力と出来る。そう考えると、つい焦ってしまう」


 ヴァンパイアには生きた生物から人為的にアンデッドを造り出す魔術があると聞いている。大袈裟に言えばサンドレアに住む人達が全員敵になる可能性だってあるんだ。それを討たなければならないと思うユリウス殿下の心情はとても辛い事だろう。


 今から俺達だけで王都に攻め込むのも可能だが、リスクが大きすぎる。今は準備が整うまで耐えるしかない。漸く行動に移せたのにまた耐えなければならないなんて、そりゃ心労も貯まるよ。


「大丈夫ですよ、殿下。クレスさん達やライル様がついておられます。それに、こんなにも多くの冒険者と神官が集まってくれたではありませんか。二千年前はこの大陸をアンデッドから人間達の手で救えました。それを思えば、国一つ救えぬ筈はありません」


 アグネーゼは必ず救えると、真っ直ぐにユリウス殿下を見据える。その曇りのない眼に見詰められ、ユリウス殿下の表情が多少なりとも柔らかくなった。


「そうだな、二千年はもっと酷かったと聞く。それでも人間はアンデッドに勝利した。ならば私達にも同じ事が出来るのは道理であるな。ありがとう、少し心が軽くなった気がするよ」


「それは良かった。皆を率いる殿下がそんな弱気では、士気に関わりますので。どうか、最後まで諦める事の無きようお願い致します」


「あぁ、肝に銘じておこう」


 先程までとは違い、しっかりとした強い歩みでユリウス殿下は去って行く。その後ろ姿は何処か哀愁があるものの迷いは感じられなかった。


「勝てるという確証も無いのに、ものは言いようね」


「いえ、エレミアさん。この戦いに確証なんてものは何処を探してもありはしません。どんなに兵を集めたとしても、強力な武具を用意したとしても、結局最後は心の強さが物を言うのです。なれば空元気でもいい、少々強引でも奮い立たって貰わなければなりません」


「そういうものなの? 」


「ふふ、そういうものなのですよ。人間とは心一つで強くもなるし弱くもなります」


 そうだな、いくら実力があろうとも敵を恐れて何も出来ないんじゃ意味がない。アグネーゼの言うように、無理にでも気持ちを滾らせる必要がある。強がりでも構わない、不安な気持ちは心の奥底に閉じ込めて今は無視してしまおう。虚勢という名の鎧で心を守り、勝つ為に前だけを見詰め続ける。後ろを振り向くのは全てが終わってからでも出来る。


 この戦で何れだけの人を失おうとも、ユリウス殿下は絶対に不安な様子を皆の前に出してはいけない。勝てると信じ、集まってくれた者達の為に、そして助けを求め待っている者達の為に、その歩みを止めてはならない。それが率いる者の、王になる者の義務なのだと、俺はそう思う。


 ならば矢面に立たない俺達は、せめてユリウス殿下の背中を押してあげよう。責任の重圧で足が重くなってもいいように。。



 ◇



「斥候に出していた冒険者から報告があった。ヴァンパイア数名が率いるアンデッドの大群がもうそこまで迫ってきていると。恐らく今日の深夜には攻めてくるだろう。敵は強大だが、我々は決して負けない! サンドレアに住む者は国を取り戻す為、神官達は教義に従いアンデッド達と戦う。だが、集まってくれた冒険者諸君には、このサンドレアを救う義務も義理もない。だから無理をせずに自分の命を優先してほしい」


 夕暮れを背に、ユリウス殿下が集結した者達を前に立っている。今夜、アンデッドが港町に攻めてくるだろう。それは最初の寄せ集めの集団ではない本格的な軍勢だ。

 しかし決して弱気な発言はしないよう気を付けているユリウス殿下だったが、冒険者達には国よりも己を大事にしろと言う。無関係の者達にまで命を掛けろなんて言えない、これがユリウス殿下の精一杯の優しさなんだと思う。いや、迷いとも取れるか。


 だけど、ユリウス殿下は冒険者への理解が少し足りないようだ。彼等の仕事は常に死と隣り合わせであり、そんな者達に今更命を大事になんて言われずとも普段からそうしているよ。


 見てみろ、あいつらの顔を…… これから死地に赴くような顔じゃない。中には笑っている奴もいる。大なり小なり自信に溢れ、覚悟に満ちたその出で立ちに背筋が震える。こっちまでその闘志に感化されてしまいそうだ。


 もう止められないし、引き返せない。此処が終われば王都へと進軍して、サンドレアを正当な王が治める事になる。

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