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日没迄そう時間はない。港町を解放した直後だからこそ、此方が疲労していると踏んでアンデッドが攻めてくる可能性が大きい。
ここで大量のアンデッドによる襲撃があれば、まともに相手をしていたんじゃ持ち堪えられはしないだろう。だからこそ冒険者と神官の援軍がこの町に着くまで、維持が難しい結界の魔道具を設置して時間を稼ごうとしたのだが、アンネの提案によって妖精達の協力を取り付ける事が出来た。
これで人が集り次第、妖精の精霊魔法でインファネースからこの町に送って貰えるので、予定よりも随分と早く町の守りを固められる。
この日の為にコツコツと作り貯めてきた武具を、転移門を利用してオアシスから港町へと運ぶ。住民達にも協力して貰いつつ、商工ギルドにあるマジックテントを広場や町の開けている場所に設置して、これから来る増援の受け入れ体制を整えながら待つ。
港町にいる全ての人間達がユリウス殿下に従う様子は、流石は王太子様だと感心してしまう。これが王の器ってやつなのだろうか? 俺には無い資質だ。
陽もだいぶ傾いてきた頃、商工ギルドの通信魔道具から連絡が入った。どうやらある程度だが人が集まったらしい。
「それでは妖精達の出番だな。宜しく頼む」
「あいあ~い、そんじゃ皆よろしくね~」
ユリウス殿下が頼んでいるというのに、アンネは何時も通りに振る舞う。妖精にとって人間の身分や事情なんかは関係無いようだ。あぁ…… ユリウス殿下が苦笑してらっしゃる。後で謝っておこう。
妖精達に魔力を補給し、インファネースから集まった者達を迎え入れる。妖精達が作り出す空間の歪みから続々と歩いてくるその数は、冒険者と神官を含めて凡そ四十人ぐらいか。決して多いとは言えないが、今夜を乗り切るだけなら十分だろう。
集まった冒険者にはクレスが、神官達にはセドリック司祭が事情を説明して、ユリウス殿下の指示下に入って貰う。
「もうじき陽が沈むわ。アンデッド達は今夜、本当に来るのかしら? 」
茜色から黒に染まる空を見上げながらエレミアが呟く。
「さあ? その可能性があるというだけで絶対って訳じゃないからね。出来れば来ないで欲しいけど」
「そうですね、杞憂で終わるのならそれで良いのですが」
アグネーゼが言ったように来なければ良いのに…… て言うかお呼びじゃないんだよ。
夜の帳が落ち、月の光が辺りを照らす。今夜は満月か、道理で明るい訳だ。こんな日は月を拝みながら清酒でも飲んでいたい。
『うむ、それも良いが今目の前の事を片付けなければな。その後で飲もうではないか』
はぁ…… ギルさんよ、人が現実逃避をしているところに水を差さないで貰えますかね?
『…… どんなに目を逸らしても現実は変わらない。それにこれは予想していた事』
おっしゃる通りですよリリィ。全く、こればかりは予想が外れて欲しかったよ。
港町の門の向こうには、月明かりに照らされたアンデッドの群れが目視出来るほど近付いてきていた。それにしても動きが早い、取り合えず近くにいたアンデッドを寄せ集めた感じなのかな?
「グールとスケルトン、レイスにヴァンパイアが数人確認出来ている」
クレスが冷静に敵の戦力を分析していた。随分と余裕があるね、頼もしい限りだよ。
町自体が結界で守られているからといって油断は出来ない。向こうも魔術を使うヴァンパイアがいるんだ。結界を破壊する手段もあるかも知れないし、こんな大勢のアンデッドに包囲されたままでは安心して夜も眠れない。
それに、サンドレアにいるアンデッドは出来るだけ減らしておかないとな。冒険者もアンデッド討伐として来ている訳だし、神官達もお役目を果たそうとやる気満々だ。とても無視できる状態ではない。
町の外で冒険者達が前衛で、神官達が後衛に着く。兵士は町の側から離れず、討ち漏らし近付いてくるアンデッドに備えて貰う。
冒険者の先頭には勿論クレスとレイシアが待機している。今回はリリィも一緒だ。あの塔とは違って今度は広いから思う存分に魔術を乱発してくれて構わない。言うまでもなくその魔力は俺が補給する訳だけど。
かくいう俺は兵士と一緒に町の近くで様子見だ。側にはエレミアとアグネーゼが控え、アンネは珍しくクレス達と一緒に前衛に向かい、ギルも人化して大剣を担いで冒険者に混じっている。
『うぅ~、ムウナも、あばれたかった』
魔力収納内でムウナがいじけていた。いやいや、こんな大勢の前で暴れてみろ? アンデッドどころの騒ぎじゃなくなるぞ。今回は留守番だ。
因みに、ユリウス殿下は前線には出ずに後方で指揮に徹している。何か港町を奪還するのに我が儘を言って無茶したみたいで、転移門でオアシスから来たマリアンヌにがっつり泣かれてしまったらしい。流石の王太子様も、好きな女性の涙には弱いと見えるね。
アンネ以外の妖精は一人残して皆町の中で待機している。アンネのように任意の精霊を喚び出せる“精霊支配” のスキルを持たない為、光の精霊魔法が使えないので、町の守りを頼んだ。
残りの一人はガストール達と仲の良い妖精で、一緒に戦うようである。彼女が今使える精霊魔法は、風、土、空間ぐらいかな? まぁこんだけ使えれば十分にガストール達のサポートは出来るだろう。勿論、その魔力は俺持ちだが。
さぁ、準備は完了。最初の防衛戦の始まりだ。




