港町奪還 後編
部屋の中にはコンラッド伯爵とレイスに取り憑かれているであろう兵士が数人だけ。伯爵の落ち着いている雰囲気から待ち伏せていた可能性がある。なのに兵士の数が少ないうえに他のヴァンパイアの姿が見えない。私の予想では、もう一人ぐらいヴァンパイアがいると思っていたのだが、何か罠でも張っているのか?
「お久しぶりで御座います、殿下。お噂では足を無くされたとか…… しかし、こうしてお目見え致しましたところ、ご健全のようで何よりで御座いますな」
その口調に柔らかな表情…… 昔と少しも変わらないな。王家に忠義を尽くし、国の為に働いていたコンラッド伯爵が何故、ヴァンパイアとなってしまったのか。
「見ての通り私は自分の足を取り戻した。コンラッド卿、アンデッドとなった貴方にはこの町を治める資格はない! 故に、大人しく引き渡してくれまいか? 」
「お言葉で御座いますが殿下、私は殿下のお父上である陛下からこの町を任されております。如何に殿下であろうとも、王の決定に異を唱えられるものでは御座いません」
「確かに…… しかし、それは人間の王ならばの話。現在の王は人間に非ず! 私はアンデッドによって支配された国を、王家の者として取り戻すのだ! そして私が王となり、国を治めてみせる!! 」
私の宣言を聞いたコンラッド伯爵は嬉しそうな笑みを浮かべた。時刻は昼、外では陽の光が燦々と降り注ぎ、町はほぼ制圧され、この館も完全に包囲されている状況で何故こうまで余裕でいられるのだ? 館に籠っているとは言っても、町の現状くらいは掴んでいるだろうに。
「左様で御座いますか…… では、私は殿下を反逆者として相手をせねばなりませんな。お覚悟は宜しいですか? 」
剣を抜き構えるコンラッド伯爵に、私も身構える。この男、見た目は細く如何にも事務仕事専門と思われがちだが、意外にも武闘派だ。特に剣の腕は一流で、私の剣術指南をしていた事もある。
「殿下のお相手は私が致します。お前達は他の者達を頼みましたよ」
コンラッド伯爵の兵士達が動き、私が引き連れてきた者達に向かってくる。成る程、一対一の勝負を望むか。願ってもない、私もこの手で方をつけたかった。
私はクレスから教わった光を身に纏う魔法を使い、光速でコンラッド伯爵との距離を詰める。これは体の負担が大きい為、クレスのように連続で使用は出来ないが、先制には使える。
案の定、私の速さについてこれないコンラッド伯爵に、剣を下から斜めに斬り上げる。剣はコンラッド伯爵の服と肉を斬り裂くが血は一滴も溢れず、コンラッド伯爵による鋭い突きが私を襲う。
咄嗟に横に避けたが左肩に擦ってしまい、肉が抉れてしまった。まさか擦っただけでこの威力とは、ヴァンパイアの膂力は相も変わらず恐ろしいものだ。一撃でもまともに受ければ死は免れないだろう。だが、私には神から授かりし光魔法がある。人間だった頃のコンラッド伯爵には他の魔法と大して変わりなかったが、ヴァンパイアとなった今では効果的だ。
光球を作り出してコンラッド伯爵に放ち、避けたところを一気に攻める。剣と剣が打ち合い、激しい応酬が続く。力もさることながら技術も達者で、防ぐ事に精一杯になり中々攻めに移れない。
「どうされました? 以前の殿下ならこの程度、何の事はなかった筈ですが…… 暫く見ない間に衰えましたな」
「言い訳するつもりはないが、両足を失っていたのだ。稽古も疎かにもなろう」
そう、足を失う前の私だったらもっと動けた。しかし今の私は筋力も体力も以前と比べてだいぶ低下している。正直、純粋な剣の腕ではコンラッド伯爵には勝てない。剣の腕では―― な。
「光よ!! 」
私はコンラッド伯爵の眼前で、自分の剣身を光魔法で眩く光らせる。薄暗い部屋を明るく照らす魔法の光に、レイスに取り憑かれている兵士とコンラッド伯爵が怯みだす。
「成る程…… 神官達よ、私に続き浄化魔法で部屋を照らすのです! 」
それを見たセドリック司祭が他の神官達と共に浄化魔法を放ち、虹色の神秘的な光が部屋を覆う。
「ぐっ!? こ、これは…… 何と不快な光であるか」
目に見えてコンラッド伯爵と兵士達の動きが鈍くなる。これなら今の私でも倒せそうだ。
「うおぉぉぉぉ!! 」
私は声を張り上げ、持てる力を振り絞りながら、光を纏わせた剣を振るう。決定的は一撃は食らわせられなくとも、小さな傷だけでコンラッド伯爵は苦しそうに呻き、動きが徐々に鈍くなっていくのが分かる。
堪らず距離を置くコンラッド伯爵に、私は自身に光を纏わせ追撃する。光速で放つ私の突きが、コンラッド伯爵の心臓の位置を貫いたその時、何か固いものを壊す感触が剣先から伝わってきた。恐らくは魔核を貫き破壊したのだろう。
剣を胸から引き抜くと、コンラッド伯爵は力が抜けたように膝から崩れ落ちる。
改めて周りを見れば、レイスに取り憑かれていた兵士は冒険者と神官によって取り押さえられ、レイスから解放されているようだった。私は息も絶え絶えに横たわるコンラッド伯爵に近寄って行く。
「お、お見事で御座います…… 殿下。お強くなりましたな」
「コンラッド卿、何故ヴァンパイアの能力を使わなかった? もし使っていたならば、私だけは殺せたのではないか? 」
私との戦いで、コンラッド伯爵はヴァンパイア特有の能力である血液操作を一度も使う素振りを見せなかったのだ。私にはそれが腑に落ちなかった。
「フフ…… つい、殿下に指南していた頃を思い出しまして。ヴァンパイアとしてではなく、只のコンラッドとしてお相手したくなりました。あぁ…… 私は嬉しいのです。あの小さく泣き虫だった殿下が、このように立派になられて」
もう自分の命は長くはないと言うのに、コンラッド伯爵は嬉しそうに微笑む。その顔は昔と同じで優しく慈愛に満ち、心から私の成長を喜んでいるようだった。
「…… 何故だ。何故、ヴァンパイアになってしまったのだ。分かっていた筈だ、アンデッドが国を治めるなど許されるものではないと。出来る事なら、貴方を失いたくなかった」
小さい頃から良く面倒を見てくれて、剣術だけではなく色々な悩みにも相談に乗って貰っていた。優しく、時に厳しい、私にとって叔父のような存在だった。
「私も、殿下の治める国を、見とう御座いました。なれど、私は王に忠義を尽くすと誓ったのです。王が、どのような道に行こうとも、最後までついていく。それが、臣下としての私の、役目で御座います。それでは、殿下…… お先に、失礼致します。誠に、勝手では、御座いますが、どうか良き王となり、このサンドレアを…… 」
コンラッド伯爵の体が灰になり崩れていく。本当に勝手だ…… 言いたい事だけ言って、満足そうに笑うのだから。私も、私の治める国を貴方に見て欲しかったよ。
「殿下、お気持ちはお察し致します。ですが、今は感傷に浸っている場合では御座いません。皆が殿下を待っておられます」
「あぁ…… 分かっているさ、セドリック司祭。これで終わりではない。まだ、始まったばかりだからな」
そう、始まったばかりなのだ。だから、泣いてる暇なんて私にはない。
約束する、私は父上のようにはならぬと。良き王として、サンドレアを豊かな国へと導いてみせよう。




