港町奪還 前編
テラスから覗く王城の広場には溢れんばかりの人で埋め尽くされ、皆笑顔で王である父上と、この日初めてのお披露目となる私、ユリウス・マティエスコ・サンドレアを讃える歓声が響いていた。
―― 見えるか? ユリウスよ。あの者達全員の命を、いずれお前が私に代わって背負うのだ。しかと目に焼き付けよ。王とは、国民の為に尽くすのが務めである。ユリウス、真に民を想う王となれ。
そう言っていた父上は優しい眼差しを国民達に向けていた。それなのに…… 何故、ヴァンパイアの前で膝を折ってしまわれたのですか? あの時の言葉は嘘だったのですか? 今のサンドレアは父上の目指した国の形なのですか?
私はヴァンパイアに魂を売った父上に失望し、更にマリアンヌを救う為に両足を失い、絶望の淵にいた。しかし、希望の光はまだ見失ってはいない。私の命を拾ってくれたクレスと、愛するマリアンヌがいてくれるから。
例えこの足が戻らなくとも、このまま今の父上に国を任せてはいられない。クレス達冒険者と生き残った神官達、そしてレイスから解放した兵士達で、サンドレアをアンデッド共から取り戻してみせる。
両足の無い私が王では頼りないかも知れないが、私とマリアンヌの子供が王位を継ぐまでに、アンデッドに荒らされた国を以前のように戻さなければならない。父上の失態の後始末は私の代で終わらせ、次へと引き継ぐ。それが私の出来る最善だと思っていた。
ところがある日、私の足を治せるかも知れないと、クレスが興奮気味に言い出した。私は自分の耳を疑う、もしくはクレスの頭がどうかしたのか。とにかく信じられなかったのだ。
しかし、クレスからライルと言う少年の話を聞いていく内に、私の中で期待が大きく膨らんでいくのが分かった。魔力支配…… まるで神の如しその力に、いやが上にも期待が高まってしまう。
クレスと知り合ってそんなに時間は経っていないが、その人柄の良さは分かる。誠実で信頼に足る人物で、冒険者にしておくには惜しいくらいだ。是非、私の臣下に欲しい。そんなクレスが手放しで称賛する少年に、私は並々ならぬ興味を持つ。
だが…… 例の少年の姿を見た時、私の大きく膨らんだ期待は一気に萎んでしまった。何故なら、少年には両腕が無く目も片方だけだったからだ。もし、私の足を治せる程の力を持っているならば、どうして自分の体を治さないのか。いや、私が勝手に期待しただけ…… クレスだってもしかしたらと言っていたし、こんな少年を責めても無駄な事だ。
そう諦めかけていると、少年―― ライル君は私の体を調べる為に魔力を流すので拒絶せずに受け入れて欲しいと言ってくる。あぁ、クレスから事前に聞いていた魔力支配というスキルを使うのだろうと思った私は、素直に従う事にした。
少しすると、自分の中に何か温かいものが入って来るのが分かる。それは体の隅々、奥深くまで潜り込み、調べあげられている感覚はするが不思議と嫌な気分にはならなかった。
そして、ライル君と魔力で繋がった事により彼の底知れぬ魔力に触れ、戦慄した。十五才で法律では成人と見なされるが、まだ少年だ。それなのに、人間ではあり得ない程の魔力量の持ち主、もしかして本当に私の足を……
萎んだ期待が膨らみかけたその時、ライル君の発した言葉に私は目を見開き、思わず彼を凝視した。
なんと、私の足を治せると言うのだ。聞き間違いか、それとも見栄で言っただけなのか、私はすぐに信じる事が出来なかった。なので確認の為に聞き返すと、ライル君は自信が籠った声でハッキリと治して見せると言い切ったのだ。
それを聞いた瞬間、私のこれまで諦めて押さえ付けていた気持ちが爆発した! 声を張り上げ治して欲しいと嘆願する私を、ライル君は真正面から受け止め、力強く頷く。
そこからは何が起こったのか考えられないくらいに思考が停止してしまう。私の残っている膝上から肉が盛り上がり、徐々に足が生えてくる様子に目が釘付けになる。ライル君から痛みはあるかと聞かれたが、まともに返事が出来ない。王都で司祭に就いていたセドリックでさえ、匙を投げたと言うのに…… 私は今、奇跡をこの身で体験しているのだ。
クレスの言った事は正しく、ライル君は宣言した通り見事私の足を治してくれた。彼が言うには、足を作るのに必要な細胞を体中からかき集めたので、だいぶ筋力が低下しているらしい。自分の体を確認すると成る程、確かにこれまで鍛え上げた腕も細くなり、がっつりと割れた腹筋も今ではうっすらとなっている。
この奇跡をもたらしてくれた彼に、私はどう報いれば良いのだろう? ライル君が望む事なら何でもしよう。今の私では無理でも、王になれば多少の事は出来る筈だ。しかし、彼はサンドレアを良い国にして欲しいと、リラグンドとこれからも良き燐国でありたいと言っただけ。その時のライル君の眼差しは、昔の父上と似ていたような気がした。
暫くは安静にした後、失った筋力をある程度取り戻す為の鍛練を重ねなければならないと伝え、クレスとライル君は部屋から退出していく。
触れれば温かく、ちゃんと動かせる足を見て、感動で言葉が出ない。これでもう、失った筈の足の痛みで苦しむ事もない。再び自分の足で歩ける日が来ようとは…… 気が付くと私の目から涙が止めどなく溢れていた。拭っても拭っても止まる気配はない。
そっと私の肩に柔らかい何かが触れた。涙で霞んだ視界でも、マリアンヌが寄り添ってくれてるのが分かる。思えば、彼女にも相当苦労をさせてきた。それでも私を信じ、今日まで世話をして支えてくれた。言葉では言い足りない程の感謝を…… そしてそれと同じくらいに謝罪したい気持ちで一杯だ。
マリアンヌ、今一度誓おう。必ず国を取り戻し、君を幸せにして見せると。
それからは食事を肉中心とし、マリアンヌに介護してもらいつつ鍛練に励んだ。日頃から鍛えていた甲斐あって、一人で歩けるようになるまでそんなに時間は掛からず、前のようにとはいかないがそれなりに戦えるようにはなった。
そして今、妖精が精霊魔法で造り出した巨大で丸い空間の歪みの前に私は立っている。その向こうには港町の風景が見えていた。
頼もしき冒険者達と神官達、それにレイスから解放した我が国の兵士達が、私の後ろで今かと待ち侘びている。
これからだ…… 今これからアンデッド共への報復の一歩を踏み出す。父上、私は貴方から王座を奪います。貴方が私に言ってくれた、真に民を想う王となってみせましょう。
「これより、港町を奪還する! 私に続けぇぇ!! 」




