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「ワシの渾身の一撃を受けても死なぬとは、盾の性能もそうじゃが、お主の堅牢さも大したもんじゃわい」
クレスを守る為、ゴルドバが降り下ろした槌を盾で受け止めたレイシアだったが、本人が渾身の一撃と言うほどの事はあって方膝を付いて苦しそうに顔を歪めている。
重い衝撃を受け、まだ硬直しているレイシアに、ゴルドバは再び血の槌を振り上げる。あんなのをもう一度食らってしまったら、今度は只では済まないだろう。エレミアとギルは距離があって間に合いそうもない。アグネーゼも今から浄化魔法を使うには時間が足りないし、肝心のアンネは精霊魔法で光の矢を形成している途中だ。
どんなに盾や鎧が頑丈でも衝撃は伝わるものだ。骨が折れて内臓にでも突き刺さってしまったら死んでしまう可能性もある。俺は少しでも生き残れるように魔力の繋がりを通して、負傷している箇所を魔力支配のスキルで細胞を操り治す事に専念した。それでも気休め程度にしかならないが、何もしないよりかはましだ。
「おっと、俺様を忘れてはねぇかい? 」
今まで姿を消していたテオドアが、ゴルドバの真横に突然現れては腕をゴルドバの体に突き刺した。
「ぬおっ!? テオドアか? この裏切り者めがぁ! 」
魔力を吸われ、憤怒したゴルドバが慌てて槌をテオドアに振るうが、魔力で形成された体には物理攻撃は効かずにすり抜けてしまう。
「はん! よく言うぜ、俺様を裏切ったのはてめぇらだろうが!! 」
「それは自業自得というもんじゃ! お主にアンデッドキングは務まらん。とっととワシから離れんか! …… ぐぁ!? 」
テオドアを追い払うゴルドバの背中にアンネが放った光の矢が直撃し、体を仰け反らせる。
「今だ! レイシア!! 」
「うむ! 心得た! 」
ゴルドバが体を仰け反らせた事により、がら空きとなった胸部と腹部に、クレスとレイシアの剣が突き刺さる。
「ぐぬぅ、ちょこざいな…… 」
ゴルドバの血走った目がクレスに向けられる。その目を真正面から受け睨み返すクレスが魔力を練り、剣身が光輝いていく。
「がっ!? はぁああぁぁ! 」
クレスの光魔法がゴルドバの体内で爆発的に輝き出す。目、口、耳から眩い光が洩れるゴルドバは、灰となった体を周囲に撒き散らしながらこの世を去った。
何とも凄絶な最期だ。結局、ゴルドバが作った物が何なのか聞けなかったな。もしや、ヴァンパイア達の秘密兵器みたいな物だったりして? そうだったら笑えないね。
しかし元とは言え、エルフとドワーフが敵となって襲ってくるなんて…… 特にエルフとは五年も世話になっていたから、余計にやるせない気持ちになる。エレミアは同族の恥だと言っていたけど、内心ではどう思っているのだろう?
「エレミア、その…… 大丈夫? 」
うぅ、相変わらず気が利いた台詞が思い付かない。でもこれは仕方ないと思う。だって前世でも、自分と同じ種族がヴァンパイアになって襲って来て、それを殺した人への気遣いなんて経験もなければ教わってもいない。
「えぇ、大丈夫よ。同じエルフとして恥ずかしいわ。私達エルフは神によってこの世界に遣わされたと言うのに、それを否定するなんて、私達の存在意義を根本から否定するのと同意だわ」
「そう…… あのディネルスなんだけど、エレミアの知ってるエルフだったのか? 」
「いえ、名前も聞いた事もないし声も聞き覚えは無かったわね。私達とは別の場所で暮らしていたエルフなんじゃない? 」
エレミアが暮らしていた里とは別のエルフだった訳か。しかしそう簡単に誰でもヴァンパイアになれるもんなんだな。
『…… それは、ヴァンパイアだけに伝わる魔術があると聞く。その魔術には、グールやスケルトン、レイスと言ったアンデッドを人為的に造り出すものや、任意の相手をヴァンパイアにする“血の契約” という魔術がある。ヴァンパイアは最早死人と同じ、なので子供も出来ない。ヴァンパイアを増やす方法はその“血の契約” を行なう他ない。だからヴァンパイアの数は少ないけど、その分強い個体が多い』
成る程、リリィが言うにはヴァンパイアになると繁殖能力が失われてしまうらしい。だから絶対数は少ないけど、強者ばかりだと。
「さぁ、この上に魔道具がある筈だ。早く壊してしまおう」
あぁ、そうだった。俺達の目的はここにある魔力阻害の結界を解除する事。さっさと解除して港町に行こう。もしかしたら、予期せぬ事態で苦戦しているかも知れないし、応援に向かうべきだ。
俺達は塔の最上階へ上ると、そこには赤いキューブ状の魔核が天井に浮かんでいた。これが、国を覆っている結界を発生させている魔道具の一つ。この他にもあと三つ存在していて、連動することによってこんな大規模な結界を展開出来てる訳だな。この一つさえ壊してしまえば術式は発動せず、結界は消える。
『…… ライル、あの魔道具を解析して読み取った術式を教えて。それを今完成している新しい結界の術式に組み込みたい。そうすれば、より完璧に対象を結界内に閉じ込めることが可能』
リリィにそう頼まれので、キューブ状の魔核に刻まれている術式を読み取り、リリィとアルクス先生に魔力念話でイメージとして伝える。
この結界の術式を開発するきっかけとなったカーミラとその仲間を、サンドレアではまだ見ていない。此処にアンデッドキングがいるのは確実だから、来ていないって事は無いと思うのだが……。
とにかく、今は国を覆う結界を解除して港町へ急ごう。外でサンドワームを喰らい、満足気にウネウネしているムウナを回収した後、アンネの精霊魔法で港町へと向かった。




