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どう言うことだ? 何度確認してもあれはエルフとドワーフだ。見間違える筈がない。何でヴァンパイアなんかに?
混乱の最中にいる俺に、ギルが魔力収納から話し掛けてくる。
『落ち着け! 何もヴァンパイアになる者は人間だけとは限らん。二千年前にも他種族のヴァンパイアも存在していた。今更驚くような事ではない』
そうなの? 周りを見るけど、皆は警戒こそしているけど驚愕しているようには見えない。俺だけがテンパってる感じだ。
「エルフとドワーフのヴァンパイアか…… これは、相当厄介だね」
クレスの額から一筋の汗が流れる。ここまで動揺するのは珍しいな。それほど他種族のヴァンパイアは強いということか。
『ここは、我も出るとしよう』
魔力収納から人化形態のギルがミスリルの大剣を担いで出てくる。
「へぇ、報告には聞いていたけど、本当にいきなり現れるのね? 」
「おぅおぅ、こりゃまたとんでもない化物が出たもんじゃのう」
ギルの登場で増々警戒を強めるヴァンパイア達。エルフとドワーフである彼等には、ギルが人間ではないと一目で理解したようだ。
今この場いるアンデッドは、エルフとドワーフのヴァンパイアを含め三人、配下のスケルトンとレイスが多数いる。
「先ずは小手調べじゃな。お主ら、行ってこい」
ドワーフのヴァンパイアが適当な指示を出すと、待機していたスケルトンとレイスが一斉に襲い掛かってくる。
「我も随分と舐められたものだな」
平然たる態度でギルが担いでいる大剣を振り回し、スケルトン達の魔核を頭蓋骨ごと粉砕する。
レイシアとエレミアは俺とアグネーゼを守る事に専念し、クレスはギルと共にスケルトンを、テオドアとアンネはレイスを屠っていく。アグネーゼも守られつつも浄化魔法で的確な援護をし、スケルトンとレイスを殲滅した。
「ふむ…… 中々に良い連携じゃ」
「個人の力量も大したものだわ。特に注意が必要なのは、大剣を持った彼と妖精ね。その二人さえどうにか出来れば、後は問題ないわ」
ここまでは彼等にとって想定内のようで、冷静に此方の戦力を分析している。やりづらいったらありゃしない。
「我がエルフのヴァンパイアの相手にしよう」
「まって、私もいいかしら? 同じエルフとして見過ごせないの」
「フン、好きにするが良い」
エレミアとギルが、ゆっくりとエルフのヴァンパイアの前に歩き出る。どうやらエレミアはあのヴァンパイアが気になって仕方がないようだ。
ヴァンパイアになっているからと言っても、同胞だった者に剣を向けられるのか心配だ。変な手心を加えなければいいのだけれど……
「なら、僕の相手はあのドワーフになるのかな? 」
「あたしもいるよ! やい、そこのドワーフ! その髭を失う覚悟は出来たかなぁ? 」
ドワーフのヴァンパイアの前に、クレスとアンネが移動する。
「ならば、私の相手はそこのヴァンパイアだな? 相手にとって不足なし! 」
「私も浄化魔法で援護致します」
如何にも下っ端な感じのヴァンパイアの前にはレイシアとアグネーゼが立つ。俺は何時も通り魔力を繋ぎ、補給係りに力を注ぐ。
「なぁ、相棒。俺様はどうすればいいんだ? 」
「え? えっと…… 取り合えず待機で、それで危なくなったら加勢すれば良いんじゃないかな? 」
今のところ良い感じで戦力が分担している。テオドアにはピンチになった所へ何時でも入れるようにしてれば大丈夫だろう。
「フフ、そう言えば名乗ってなかったわね。私は“ディネルス” よ」
「何故エルフである貴女がヴァンパイアに? 私達の役目を忘れたの? 」
「何が役目よ、馬鹿馬鹿しい。あんたみたいに平和な場所でぬくぬくと暮らしていた小娘には分からないわよ」
ディネルスと名乗ったエルフのヴァンパイアは、右手首を鋭く尖った爪で傷を付けると、その傷口からまるで細長い蛇のようににょろにょろとした血が垂れてくる。腕を軽く振ると細長い血の塊はピシャッ! と小気味良い音を鳴らせて床を叩く。差し詰め血の鞭と言ったところか。
「ワシは“ゴルドバ” じゃ。お主、妖精女王じゃろ? 何で人間なんぞとつるんでおる? まぁええわい。あの時の髭の恨み、此処で晴らさせてもらうぞ! 」
ゴルドバと名乗るドワーフのヴァンパイアは、自身の腕に思いっきりその尖った牙を突き立てる。すると傷口から勢い良く血が吹き出し空中で留まり、粘土細工のようにグネグネと形を変えて、ゴルドバの身長と同じ大きさの槌へと変化した。
「なによ、あんたあん時のドワーフの一人だったの? 全く、昔の事をネチネチと…… ドワーフってのは、背と一緒で心も小さいんだね!! 」
「妖精に言われたかないわい!! 」
アンネ、何でそう煽るかな? あぁ、ゴルドバの額にそれは見事な太い血幹が浮かび上がっているよ。あれは相当お怒りだぞ。
「ワシのハンマーで潰し殺してくれるわ!! 」
「は、速い!? 」
アンネ目掛けてゴルドバが突進してくる。あの短い足では考えられない程のスピードで距離を詰めるゴルドバに、クレスは不意を突かれ対応が遅れた。
ゴルドバの血で出来たハンマーがアンネを押し潰さんと迫り来る。その殺意と恨みの塊が小さなアンネを呑み込む寸前にピタリと止まり、空間が波打つ。何か見えない壁のような物に遮られたようだ。
「ちょっと! 危ないじゃない!! 」
あれは、空間の精霊魔法で不可視の障壁を造り出したのか。流石は妖精女王、だてに勇者のお供をしていただけの事はあって、慣れてらっしゃる。




