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俺とエドヒルは一階にあるキッチンへと向かい、朝食の後片付けをしている二人に今日の予定を伝えた。
「大丈夫なの? ライルはまだ子供なんでしょ? 危険じゃない?」
「心配ない、俺がついている。 それに、ライルも男だ。 狩りのひとつぐらいは出来なくてはな」
「そうだけど、まだ早いんじゃないかと思うの」
エレミアはひどく心配している。 当然だよな、普通、十才半の子供が大人に混じって狩りに行くなんておかしいからな。
「大丈夫だよ、エレミア。 エドヒルさんもいるし、アンネだっているしね」
「おうよ! わたしがついてるから、全然問題はないよ! まっかせて♪ 」
アンネは今日、長老の所には行かずに、付き合ってくれるようだ。 大丈夫なのか? と聞いたら 「一日ぐらいさぼったって問題なんかないよ!」 と、軽く流していた。
「わかったわ…… ライル、兄さんとアンネリッテ様の言うことを良く聞いて、無理だけはしないでね。 狩りの成果は気にしないで、無事に戻ってきてくれるだけでいいからね」
「うん、わかった。 無理はしない、傷ひとつ付かないで戻ってくるよ」
「ええ、気を付けてね……」
俺達は家を出て、結界の境目を目指して歩みを進めた。魔物や魔獣も結界を通る事は出来ないので、こっちから結界の外に出なければならない。
「しかし、この辺りにはオーガが出るんですね。 ここに来たときは気付きませんでした」
「ああ、大分数を減らしたからな。 二百年前の生き残りが少しいるぐらいだ」
え? 二百年前って……
「エレミアから話しは聞いたか? 二百年前、オーガの群れがこの里を襲撃した。 エルフの戦士達は勇敢に闘い、里を守った。 俺の父も里の為に戦い、名誉の死を迎えた」
そうだったのか、里を攻めてきた魔物とはオーガの事だったのか……
「これがその時、父が使っていた剣だ」
エドヒルは腰に下げていた剣を鞘から抜き、見せてきた。 その剣身は白銀に輝いて、先は鋭く尖っていた。
「この剣はミスリルで出来ている。 これでオーガの固い皮膚も容易に切り裂ける」
おお! これがあのミスリル! しかし、この武器を用意するほどの相手なのか、オーガというのは……
結界を抜けた所で、俺はクイーンに魔力念話で周囲の探索をお願いした。
――了解――
クイーンから返事が来ると、十数匹のハニービィ達が森の奥へと飛び去っていった。
「今のはハニービィか?」
「はい、標的が見つかったら俺に知らせが来るようになっています」
「それは、随分と便利だな」
此方も森を歩き回りオーガを探しているのだが、見つかる気配が無い。 元々、今日中に見つかるとは思っておらず、数日かけて探すらしい。
結局この日は夕方になっても見つからなかった。
それから数日、俺とエドヒルは毎日結界の外へ出て、オーガを探している。 エレミアには心配を掛け、エドヒルの狩り仲間からは不審がられ、それでも毎日オーガを探した。
それはオーガを探し始めて六日目の事だった。 流石にアンネもここまでサボると、きつく言われたのか、今日は長老の元へ行っている。 そんな日に限って、都合の悪い事は起こるものだ。
――発見――
そうクイーンから報告を受けた。 おいおい、マジかよ、アンネがいない時に…… どうするか…… アンネがいる時に出直すか、俺とエドヒルで倒しに行くか…… 今日を逃したら、どこか遠くに行ってしまうかもしれない。
「エドヒルさん、見つけたようです」
とりあえず、報告してから決めよう。 そう思い、俺はエドヒルと相談する事にした。
「相手は一体だけで、周りに仲間はいないのだな?」
「はい、そうみたいです」
クイーンからの報告だと、他に仲間はいないようだ。 オーガは元々、単独行動が普通らしい――二百年前が異常だったみたいだ。
相談の結果、今日を逃す手はないと言うことで、俺達だけでオーガに挑むことになった。
オーガに向かって歩くこと数十分。 そいつはいた、体長は三メートルはある。 服は着てなく皮膚は赤い、何かの動物の毛皮を腰に巻いているだけ…… 全体的に筋肉質だが、両腕が異常に太く発達していた。
額から短い角が二本、口を閉じていても下顎から鋭い犬歯が飛び出ている。 目は大きく血走り、髪はざんばらで、頭頂部が禿げてなくなっている――まるで、前世の本で見た赤鬼をリアルにしたみたいだ。
まだ、此方には気づいていない。
「それで、これからどうするんですか?」
「奴の皮膚は固くて弓矢はあまり意味を成さない。 だが、牽制にはなる。 ライル、お前に矢を預ける。 これで奴の注意を引いてくれ、俺は剣で奴を討つ」
俺はオーガから離れて、矢でサポートすればいいんだな、了解だ!
矢を受取り、エドヒルとは反対方向へと距離を取る。 エドヒルは、ミスリルの剣を抜き、いつでも飛び出せるよう中腰で構え、目で合図を送ってきた。
その合図を受けて俺は魔力を使い、矢を数本ほど浮かして狙いを定めた…… そのデカイ図体目掛けて、矢を放つ!
矢は真っ直ぐオーガに向かい飛んでいき体に命中するが、皮膚に少し刺さっただけで余り効いていないようだ。オーガが矢の飛んできた方向――つまりこっちに向いた隙に、エドヒルが素早く飛び出し、オーガの脇腹を横薙ぎで斬りつけた。
「グガアァァ!」
オーガは苦痛の叫びを上げ、エドヒルから距離を取る――先制は上手くいったが、これで倒せるほど甘くないみたいだ。
攻撃をくらい頭に血が上ったのか、怒り任せに拳をエドヒルに何度も放つ、それを上手く躱しながら剣でオーガの体を攻撃しているが、どれも浅く致命傷には至らなかった。
それにしても、エドヒルの動きは素早く、オーガの体に多くの切り傷を与えている――恐らく、身体強化の魔術を発動しているのだろう、エレミアも使えると言っていた。 それとエドヒルの周りには風が吹き荒れていた。 強風を身に纏い、オーガの拳の軌道を僅かに逸らしている。 風の魔法を防御に使っているのか…… オーガの動きが少し鈍くなってきている、あれだけ斬りつけられたら流石のオーガも限界を迎えるだろう。 このまま押し勝てばいい、勝利が見え始めた時、俺はオーガに違和感を感じた。
オーガの右拳に魔力が集まり出していたのだ――あれは、まさか魔法を使うというのか? オーガが?
気が付くと俺は魔力飛行で飛び出し、エドヒルの元へ向かっていた…… だが、オーガは魔力が溜まった右腕を高く上げ、地面に叩きつけた! その刹那、激しい炎がオーガの拳から噴き上がり、エドヒルに襲い掛かる。
「な!? くそ!!」
エドヒルは後ろへ飛び、回避しようとしたが遅かった。 風の魔法で防いではいるが、炎で周りを囲まれ身動きが取れない。 このままでは熱と酸素不足でエドヒルが危ない! オーガはまるで勝負が着いたと言うように、傍観している――まだだ! まだ終わってない! 考えろ…… あの炎は魔法で創り出されたもの、つまり、魔力が尽きれば炎も消える、だけどそれまでエドヒルは持たないかもしれない。 それなら、俺の魔力支配のスキルであの炎を“支配” するしかない!
魔力を大量に放出して、炎全体を覆う…… 力尽くで炎を押さえ込むイメージで、抵抗する炎を無理矢理に支配した――でもこれで終わりじゃあ無い! そのまま炎を操り、余裕の態度で傍観しているオーガにぶつけてやった。
「グウゥゥ……」
炎に包まれたオーガは鬱陶しそうに、払い除けようとしている。
「オーガは火に強い耐性を持っているから大して効かないぞ!」
大丈夫、炎で倒そうと思ってはいない。 ただ少しだけ時間が欲しかった。“こいつ” を準備する時間が……
森の中に、けたたましい金属音が鳴り響く…… 二枚のバックラーの間で刃が高速で回る音だ。
俺は“魔動式丸ノコ”の刃をオーガの右腕の付け根に押し当てた――丸ノコは鈍い音を奏でながら、オーガの腕を切り落とす。
「ギギャアァァ!!」
痛みで絶叫を上げるが、これで終わらない
――まだ、もう一本あるだろ?
そのまま、丸ノコを操り、オーガの後ろから左腕の付け根に刃を押し当て、切り落とした。両腕を失ったオーガは方膝を突き、苦悶の表情で睨んでくる。
――これで、お揃いだな
オーガは怒りの咆哮を上げ、此方に突進してくる――なにがなんでも俺を道連れに死んでやるという気迫を感じた。
近くまで迫って来たのを見計らい、俺は魔力飛行で上空へと回避すると、オーガは立ち止まり、此方を見上げ唸りを上げている。
「ウオオォォ!!」
この隙をエドヒルが見逃す訳は無く、空を見上げ無防備になっている喉に狙いを付けて、ミスリルの剣を横になぎ払う!
オーガの喉に赤い横線が出来たのを見た直後、そこから激しい血飛沫がまるで噴水のように辺りに飛び散り、膝から崩れ落ちた。
「倒したんですよね?」
地面に降りて、まだ肩で息をしているエドヒルに訪ねる。
「ああ…… 倒した…… 」
そうか、死んだか…… 俺はオーガに黙祷を捧げ、魔核を回収した――野球ボールを一回り小さくしたような大きさだ、これなら十分だろう。
「しかし、オーガが魔法を使うなんて驚きました」
「ああ、俺も油断していた、まさかスキル持ちだとは…… 滅多に無いんだがな」
珍しいが魔物でも魔法が使える奴がいるということか…… 次から気をつけよう。




