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「あの、今更でなんですが、必ずしも玉座を奪わなければならないのですか? 王様が正気を失っているのなら、元に戻せば良いのでは? 」
そう、王がレイスに取り憑かれているとしたら、態々王の地位を奪わずとも解決出来るのではないか?
「それは無理なんだよ。父上―― いや、彼はもう王でもなければ人間でもない。ヴァンパイアの甘言に堕ちた卑しくも哀れな男さ。王としての職務を放棄し、民達を苦しめるヴァンパイアが今も玉座に座っている。そんなのは断じて許せるものではない! 」
あぁ…… これは想定していた内の最も最悪なものだ。王はレイスに憑かれている訳ではなく、自ら望んでヴァンパイアとなってしまったのか。
「ライル君、殿下は僕と同じ光魔法のスキルを授かっているんだよ。知ってるかい? 光魔法を持っている人はね、神官達と同じようにアンデッドの影響を受けないんだ。だけど、お互いの同意があればヴァンパイアにはなれてしまう。その時、光魔法のスキルは消えてしまうが、代わりに光耐性というスキルを得ると聞く。陽の光の下でも問題なく動けるヴァンパイアが誕生してしまうんだ。これは僕達人間にとって脅威となる。彼等は光魔法を持っている殿下に目をつけ、ヴァンパイアになるよう迫った。マリアンヌ様を人質にしてまで言うことを聞かせようとしたのさ。しかし殿下は屈せず、マリアンヌ様を助け出す為に戦ったんだ」
「結果は…… ご覧の通りだけどね」
光耐性をもつヴァンパイアを生み出す為にユリウス殿下を狙ったのか。そして卑劣な手段を用いるヴァンパイアにも負けず、自身の足を犠牲にしてまで、見事マリアンヌを助け出した。いやぁ、格好良いねぇ…… 同じ男として尊敬しちゃうよ。だからそう自分を卑下しないで欲しいな。
『そう言えば、テオドアも光耐性を持っているんだよな? もしかして、生前は光魔法の使い手だったとか? 』
『いやいや、相棒…… それだったら盗賊なんてやっちゃいねぇよ。俺様のはレイスになってから覚えたもんだ。毎日陽の光の下、自分の体が消えるギリギリまで耐えるのを、十年間続けた結果だ』
マジかよ。良くそんなに続けられたな。思ったより努力家?
『これでどんな時間帯でも自由に動けるようになって、覗き放題だぜ! 懐かしいなぁ、色んな情事を覗いたもんだ』
そんなことだろうと思ったよ。まったく、ある意味一番素直な奴だな。
それはそれとして、王を元に戻すのは不可能だってのは理解した。正当な王位継承者のユリウス殿下が玉座に着くのも問題ない。
「それでは、準備が整い次第、近くにあるという結界の魔道具が設置してある場所へと下見に行きましょうか」
「案内はレイシアに任せる。僕はここを留守にする訳にはいかないからね。頼んだよ」
「任されよ! では明後日の早朝、日が上る頃に出発といこうではないか! 」
意気揚々と声を張るレイシアと、明後日の早朝に待ち合わせをする事にし、今度こそ休む為にクレスから宛がわれた家で休む。
ふぅ…… やっと一息つける。何せ初めての砂漠だったから、俺の知らない内に疲れが溜まっていたようで、どっと眠気が襲ってきた。エレミアとアグネーゼに一旦眠ると伝え、部屋のベッドで横になる。
やっとオアシスに着いてクレス達と再会出来たと思えば、まさか王太子殿下の足を治す事になるとはね。正に怒濤の一日だった。
『…… この式は余計、無くても大丈夫。それよりもここをもっと細かく設定するべき』
『あぁ、成る程。流石はリリィさんですね。勉強になります』
魔力収納内では、リリィとアルクス先生が術式の改良に勤しんでいる。今のところ順調そうだ。
『ふっふ~ん。いよいよあたしの精霊魔法が火を吹くぜい! 』
『アンネ、ひ、ふくのか!? すごい!! 』
『いや、火を吹く必要はねぇだろ。転移させてくれって話だったよな? 』
毎度の事ながら、呑気に構えるアンネ達の声を聞き、俺は眠りに就く。作戦は決まった。予定通り行くとは限らないが、失敗は許されない。今から英気を養い、万全な状態で挑まなければ。
◇
翌日。俺はレストンと一緒に町中を散策していた。レストンはここの人達の暮らしを見る為だとか言っていたけど、明らかに誰がを探している風だ。
そう言えば、港町の商工ギルドで“ルファス” という男性について聞いていたな。確か、レストンの前にインファネースから調査に向かったギルド職員だったか?
このオアシスでは、主に輸出用の天然ゴムやコーヒー等の作物を栽培しているようだ。所謂オアシス農業という奴だな。今日の朝に此処で作ったコーヒーを飲んだが、香りが強くて苦味が少なく、甘味が際立つような味だった。このブレンドは気に入ったので、是非とも購入しておきたい。
コーヒーなんて、何時振りだろうか? 懐かしさで思わず前世での苦い思い出が蘇ってしまったよ。因みに、エレミアとアグネーゼはミルクと砂糖がないと苦くて飲めないと言っていた。アンネにいたっては、まぁ言わずもがな。
「このオアシスに暮らす人達の中には、レイスから解放した兵士の家族もいるんですよね? 慣れない暮らしだというのに、誰一人暗い顔をしていません。きっと、王太子殿下とクレスさん達冒険者が国を救ってくれると信じているんですね」
慣れない手つきで懸命に仕事を手伝う人達を見て、レストンはしみじみと呟く。その時、畑仕事をしている一人の男性にレストンの目が釘付けになった。
「あれは、まさか…… ルファス? 」
レストンの声が届いたのか、ルファスと思われる男性が此方を向く。そしてあちらもレストンを見ると、同じように目を丸くして固まっていた。




