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「アンネの精霊魔法、ですか? 」
「あぁ、空間の精霊魔法で、このオアシスから直に港町まで兵を送りたいんだ」
成る程、そうすればほぼノータイムで港町に攻め込めるし、アンデッド達に対策を講じる隙も与えない。
「港町へは、日が上ると同時に攻め入り、日が沈む迄にはレイス達から町を取り戻したい。日が沈んでから、アンデッド達の襲撃が予測されるので、迎撃の用意をしておきたいんだ。正に時間との勝負、それに加えて向こうにも僕らの事は気付かれてはならない。それには、アンネの精霊魔法がどうしても必要になってくる。どうにか頼めないだろうか? 」
「私からも頼む。この国の為、どうか力添えをお願いしたい! 」
クレスとレイシアが、すがるような瞳で此方を凝視してくる。頼むと俺に言われても…… 決めるのはアンネだからな。こればっかりは本人のやる気次第なんだよね。
『と言う訳らしいけど、どうする? 俺としても、アンネが協力してくれたのなら嬉しいんだけど』
む~ん、と唸りながら悩んでいたアンネだったが、すぐにその無い胸を張り高らかに声を上げた。
『おっしゃあ!! やったろうじゃないの! 百でも二百でも、どんと来なさい!! 纏めて送ってやんよ! 』
おぉ! 若干やけくそ感が否めないけど、この際気にしないでおこう。アンネが協力に快諾してくれた事をクレス達に伝える。
「良かった、ありがとう。これでアンデッド達からサンドレアを奪い返す算段がつく」
「協力に感謝する! 」
クレスとレイシアが喜び、安心している様子を、ユリウス殿下とマリアンヌはまだ良く分からないと言ったようにキョトンとしている。なので、魔力収納からアンネを出して二人に紹介がてら精霊魔法について簡単な説明をした。
「それは凄いね。その精霊魔法なら、一気に兵の移動が出来る」
「それに、凄く可愛らしいです。伝承通り、小さくてもお強いのですね」
初めて見るであろう妖精に、ユリウス殿下とマリアンヌは興味津々で、アンネも得意顔で自己アピールをしている。
「へっへーん! どうよ? あたしってばすんごいのだぁ!! アンデッドなんか、こてんぱんにしてやるんだから! あたしにまっかせんしゃい!! 」
小さな体から放たれるアンネの大言に、ユリウス殿下とマリアンヌは示し合わせたかのように頬笑み合う。
「それでは、細かい説明を…… 港町解放には、ユリウス殿下に指揮を取って頂きます。準備が出来次第アンネの精霊魔法で港町へ行き、レイスを一人残らず追い払う。その後、リリィが用意した結界の魔道具で安全を確保。日没に来るであろうアンデッドに備えて貰います。それと同時に、僕とライル君達で結界の解除を試みる。ここからそう遠くない所に魔道具を設置してある場所があるので、そこを攻め落とし、魔道具を壊す。ここまでで何か質問は? 」
俺達とクレスで結界の解除をして、ユリウス殿下が皆を指揮して港町をレイスから解放する、か。まぁ悪くはないけど、そうなると一つ気になる事がある。
「質問良いですか? クレスさんが言うようにすると、俺とアンネは別行動になるという事ですか? 」
「はぁ!? なにそれ! あたしそんなの嫌よ!! 」
聞いていない! と騒ぐアンネにクレスは冷静に対処する。
「落ち着いて。効率を重視するならそれも良いけど、本人が嫌がっているようなので、別行動はしないよ。ユリウス殿下と冒険者や神官、その他の兵達を精霊魔法で港町へ送り届けた後、僕らも結界の魔道具が設置してある場所へ精霊魔法で向かうというのはどうかな? 」
まぁそれならと納得するアンネを見て安心するクレスに、俺は一つ提案する。
「なら、転移門を設置するのはどうですか? 町と町の移動ならそれで十分だと思いますけど」
「そうか、その手もあったか。でもそれだと逆にアンデッドに利用される恐れもある。転移門の設置は安全が確保してから、オアシスと港町の間で物資や兵の移動に利用するのはどうだろうか? 」
「分かりました。それと、結界の魔道具が設置されているという場所も下見に行かないと、アンネの精霊魔法での移動は出来ませんよ」
アンネの空間精霊による魔法は、一度行った事のある場所で記憶に残ってなければ移動は出来ない。よってその場所に一度は赴かなければならないのだ。
「そうだね。下見だけなら、そんなに準備もいらないだろうから、出来るだけ早めに頼むよ。移動にはライル君の魔力飛行で飛んで行けば、そんなに時間は掛からない筈」
そうか、何もレストン達を連れていく必要もない訳だし、俺のスキルを知っている人達だけで行けば、気兼ねなく活用出来る。
「結界を解除したら、港町の商工ギルドにある通信の魔道具を使い、インファネースの商工ギルドへと連絡をする。これにはレストンさんに頼もうかと思っている。現地調査として送り出されたギルド職員であるレストンさんならば、話も通りやすいと思うので。それと同じくガストールさん達にも冒険者ギルドへ報告して貰い、アグネーゼさんも聖教国へ連絡をお願いし、多くの冒険者と神官を港町へ集める。そしたら、ライル君が設置してくれた転移門で集まった人達の半数と物資をオアシスに送り、王都を挟み撃ちにする形で攻める」
それまで黙って聞いていたアグネーゼが遠慮がちに挙手をする。
「あの、一つ宜しいですか? アンネさんの精霊魔法で直接王都へお送りにはならないので? 態々進軍を相手に見せ付けるのは何の意図が? 」
「それは、奴等の注意を引き付ける為。僕らは人の血を流させたいんではない。だから不必要な争いは出来るだけ避けたいんだ。レイスに憑かれている兵、アンデッドに何かしらの事情があって逆らえない者達を王都の外へ誘き出すのが目的で、本隊は少数精鋭にして王都の内部へと潜入。最小限の犠牲で王城にいる王を打ち倒す」
つまりは陽動だな。それに気を取られている内に、目立たない少数で本命を叩く訳か。
「そして欲を言うのなら、王都の貴族街に潜んでいるヴァンパイアであるゲイリッヒの身柄も確保しておきたい。彼からアンデッドキングについて聞き出さなければならないしね」
そうか、王都を取り戻しただけでは終わらない。アンデッドキングがいる限り、本当の意味で解決したとは言えないからな。
「それなら俺達がゲイリッヒを探し出しますよ。此方にはアンデッドの専門家がいますから」
『おうよ! アイツなら覚えてるぜ。無駄に長生きしてる古参のヴァンパイアだ。俺様がまだアンデッドキングだった頃、良くネチネチと嫌味を言われてたっけな』
そう、俺達には相手の事を知るテオドアがいるので、見付けやすいだろう。
「それじゃ、王都に潜入したら二班に別れようか。僕達と殿下率いる部隊は王の元へ。ライル君達はゲイリッヒからアンデッドキングの情報を聞き出す為に貴族街へと其々向かうとしよう」
俺達がこの国に来たのは、テオドアにアンデットキングとの決着をつけさせる為だ。表立って国を救う役目はユリウス殿下でなくてはならない。
『だいぶ遠回りしてきたが、着々とあのクソガキに近付いてる気がするぜ。待ってろよ、ぜってぇ逃がさねぇからな』
テオドアは逸る気持ちを抑えつつ、まだ姿を見せぬ因縁の相手に思いを募らせていた。




