34
町の中央に位置する場所に教会は建っていた。礼拝堂には多くの町民が祈りを捧げ、神官達が厳かに対応している。その内の一人が此方に気付き、近付いてきた。
「これはアグネーゼ司祭、エイブラムから話は聞いております。良くここまで来られました。大変でしたでしょう? 」
「セドリック司祭もご無事で何よりでございます。確か、王都の教会におられたのですよね? ここにいる神官達は皆王都の教会から? 」
アグネーゼがセドリックと呼ぶ、この白髪混じりのくすんだ金髪をした壮年の男性とは知り合いのようで、アグネーゼは顔を綻ばせる。
「いえ、王都からもですが他の町から来た者も多数おります。残念ながら、余り多いとは言えませんが…… そして貴方がライル様でございますね? エイブラムが失礼な態度を取りませんでしたか? まだ本国からの連絡が行き届いておらず、お恥ずかしい限りです」
セドリック司祭は申し訳なさそうに頭を下げる。おいおい、こんな目立つ場所で司祭様が簡単に頭を下げないでくれよ。
「いえいえ、礼儀正しいお方でしたよ」
「そう言って頂けると助かります。貴方様に仕えられるアグネーゼ司祭が羨ましい。さ、こんな所で立ち話もなんですので、どうぞ此方へ」
セドリック司祭の私室へ案内され、お互いに情報を交換した。アンデッド達は徹底的に教会を潰しに掛かったらしく、大勢の神官達が犠牲になったと、セドリックは悲痛な面持ちで話してくれた。アグネーゼも道中に、旧知の仲である変わり果てた姿のルシアンナに出会った事を伝えた。
「ルシアンナ司祭が…… 彼女の事は私もよく存じております。とても信仰心の溢れた素晴らしい女性でした。それがこの様な事になり、とても残念に思います。ルシアンナ司祭も、貴女に浄化されたのなら本望でしょう。彼女と犠牲になった者達の来世に、神の祝福があらんことを」
アグネーゼとセドリック司祭は、アンデッドの犠牲になった者達を想い、祈りを捧げる。
「ライル様、私もアグネーゼ司祭よりは劣りますが、魔法の腕には多少覚えが有ります。サンドレアをアンデッドから解放出来るのなら、どんな協力も厭いません。どうか貴方様のそのお力で、この国をお救い下さい」
どうして教会の人達はこうも俺の事を過大評価したがるのだろうか? 俺だけの力じゃ国一つ救うなんて出来る気がしないよ。
「共に力を合わせ、必ずサンドレアをアンデッドから取り戻しましょう。その為ならこの力、惜しむ真似は致しません」
「ありがとうございます。そのお言葉だけで、大きな励みとなりましょう」
セドリック司祭の瞳の奥に力強い光を見る。気合いは十分、今すぐにでもアンデッド達へと突っ込んで行きそうだ。この教会にいる神官達も全面的に協力してくれるようだけど、それでも内乱を起こし、ユリウス殿下が現王から玉座を奪うのには戦力が足りない。
出来れば長期戦は避けたいところ。内戦が長引いてしまえば、何よりも犠牲となるのは一般の国民達だ。人がいなければ国は成り立たない。だからこそ、一度開戦してしまえば時間との勝負になってしまう。犠牲を最小限にする為に、可能な限り早く決着をつけなくては。
やる気に漲るセドリックに見送られ教会を後にする。アグネーゼも神官達の安否確認が取れて、一先ずは安心しているその時、向こうからガチャガチャと鎧の擦れる音を立てながらレイシアが駆け寄ってきた。
「おぉ、ここにいたか! すまんがクレスが呼んでいる。すぐに来てくれないか? 」
「え? クレスさんが? 」
「うむ。何でも、今後についての相談をしたいらしい」
今後について、ねぇ? セドリック司祭にも力は惜しまないと言っちゃったし、覚悟を決めるしかないな。
呼びに来てくれたレイシアと共に、再びクレスがいる民家の地下へと訪れる。そこにはテーブルに着くクレスとマリアンヌに寄り添われているユリウス殿下の姿があった。安静にしろと言ったばかりなのに、もう動いてるよ。
「休んでいた所悪いね。僕らだけで話をしなければと思っていたんだ。単刀直入に言う、君達の力を貸して欲しい」
「俺達の力、ですか? 」
やっぱりそうか、魔力収納にいるアンネやギル達に助力を求めてる訳だな。俺はチラリとユリウス殿下に目を向ける。クレスは一体何処まで俺の事をユリウス殿下に話しているんだ?
「悪いとは思ったけど、殿下に大体の事は話してある。勝手な事をしてすまない。だけど、サンドレアを救うために必要だったんだ」
「私は口が固いので安心してくれ。それに、恩を仇にして返そうとも思ってはいないよ。君の力については、この胸に仕舞うと約束しよう」
まぁこんな事態だからしょうがないのかな? ユリウス殿下も悪戯に言い触らさないと言ってくれたし、早く終わらせるにはどのみちアンネ達の協力は必要不可欠だ。
「分かりました。詳しく聞かせて下さい」
「ありがとう。では早速だけど、僕達には圧倒的に戦力が足りない。武具等の物資も、人手も、足りないものばかりだ。それを解消しない限り僕らに勝ち目はない。そこで、殿下の名の元にリラグンドへ支援要請をしようと考えていて、その為にはサンドレアを覆う結界を解除する必要がある」
そうだな、魔力を阻害する結界の影響で、他国への通信が出来なくなっている。リラグンドに支援を要求するのなら結界は邪魔だ。
「それと同時に、港町をアンデッドから解放して補給拠点としたい。そこに物資や冒険者達を迎え入れ、王都へ攻める準備をして行きたいんだ」
「しかしそうなると、港町に向かう為には王都近くを通らなければならないのでは? 町を解放出来るくらい大勢の人達を連れて王都を横切るのは危険ではありませんか? すぐに気付かれて妨害にあってしまいますよ? 」
「うん、それを回避する為にも、アンネが使う精霊魔法の力を借りたい」
『ふぇ!? あたし? 』
いきなり自分の名前を呼ばれたアンネが驚いて体を跳ねさせる。完全に油断してたな?




