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ユリウス殿下の両足は、太腿から先が消えていた。確かクレス達が保護した時には半死半生の状態だったと言っていたけど、一体何が起きればこんな事になるのだろうか?
「ライルさんならユリウス様の失った足を取り戻せると、お聞き致しました。どうかユリウス様に、再び大地を踏み締め歩けるよう、お願い致します」
ユリウス殿下の世話をしていた女性が、深々と頭を下げる。
「マリアンヌ、まだ治せるかは分からないよ。クレスはもしかしたらと言ったんだ。すまないね、ライル君。名乗りもせずに一方的に…… 彼女はマリアンヌ、私の婚約者だ」
「あ、殿下の婚約者様で有らせられましたか。ライルと申します、どうぞお見知りおきを…… マリアンヌ様、貴女様のユリウス殿下を想う心に全力で応えたいのですが、先ずは殿下の容態をご確認してからでないと、判断できません」
「そ、そうですよね? わたくしったら、気が急いてしまって…… お恥ずかしい所をお見せ致しました」
マリアンヌは恥ずかしそうに顔を俯かせ、後ろに下がった。
「では、ご確認させて頂きます。私の魔力を流しますので、抵抗はなさらず、受け入れて下さい」
「あぁ、宜しく頼む」
俺は自分の魔力をユリウス殿下に流し込み、解析を始める。両足が無い事以外は健康そのものだ。彼を治した神官は、余程腕が良いのだろう。死にかけだったというユリウス殿下をここまで回復させたのだから。しかし、如何に腕のいい神官による回復魔法であろうとも、欠損したものまでは治せないらしい。
だが、魂の形が今の体と同じとなってしまっては、足を戻したとしても動かせず、すぐに腐り落ちてしまう恐れがある。何故そんな事が分かるかと言うと、俺がそうだからだ。
基本的に、魂は宿った肉体と同じ形になるが、一度失ってしまえば二度と戻る事はない。ユリウス殿下は両足を失ってから時間が経っている。もう魂の形が今の肉体に形に定着してしまっている可能性がある。そうなってしまったら、もう俺では治せない。
「っ!? 」
その時、ユリウス殿下の顔が歪む。足が痛むのだろうか?
「あぁ、何時もの事だから気にしなくてもいい。時折、こうして無くなった筈の足が痛み出したり、痒くなったりするんだ。可笑しいよな、既に失っていると言うのに…… 何だか、足が無いのを認めたくないと未練がましくて、何とも情けないものだろ? 」
力無く笑うユリウス殿下に、何と言って返せば良いのか迷っていると、後ろからマリアンヌが声を張り上げた。
「そんな事はございません!! ユリウス様は、情けなくなんてありません! ユリウス様は…… 命を賭してまでわたくしを守って下さいました。情けないのはわたくしの方です。わたくしがユリウス様の枷となり、そのせいで…… 」
「自分を責めないでくれ、マリアンヌ。君が悪い訳ではない。これは私の力不足が招いた結果だ。それに、君を失う事に比べれば、両足が無くなるのなんて些細な事さ」
「ユリウス様…… 」
う、う~ん、取り合えず落ち着いたようで良かった。二人の会話を聞くに、どうやらマリアンヌを人質に取られたかなんかして、ユリウス殿下が彼女を救った代償に足を失う程の怪我を負ったと。
それにしても、無い筈の足が痛み出す―― ね。同じような症状を前世で聞いた事がある。確か、幻肢痛と言ったか? 前世でも詳しい原因は分からず、治療法も見つかっていないと聞く。そんなのどうすれば良いんだ?
『ねぇ、失った筈の足が痛むんだよね? それならまだ間に合うかも知んないよ? 』
へ? 今間に合うって言った?
『アンネ、どういう事か教えてくれ。間に合うって事は治せるって事で良いんだよな? 』
『うん、大丈夫だと思うよ。ライルが言う幻肢痛? てのはね、魂が今の肉体の形に順応するのを拒んでいるのが原因なの。その肉体と魂に齟齬が生じて、失った足がまだあるように感じたり、痛くなったりすんのよ』
『つまり、俺とは違ってユリウス殿下の魂はまだ正常な形を保っている訳だね? 』
『そういうこと、たぶん彼の強い精神と魔力の影響で、魂の順応を無理矢理に押し留めてるんだと思う。これは確かに未練がましいとも言えるね! 』
まさかそれが幻肢痛の原因だとはね…… まぁ、前世の世界でも同じとは言えないが、ここではそうらしい。
とにもかくにも、ユリウス殿下の足は問題なく治せると分かったんだ。この事を早くお伝えしなければ。
「ユリウス殿下…… 診断の結果、その足はちゃんと治せると分かりました」
静寂が部屋を支配し、ユリウス殿下も含めこの場いるクレスとマリアンヌも言葉を失っていた。おい! 何で言い出しっぺのクレスまで驚いてんだよ!
「い、今…… 治せると言ったのか? 私の足は元に戻るのか? また、自分の足で歩く事が出来るのか? 嘘では、無いのだな? 」
「はい、嘘偽りはございません。私がユリウス殿下の足を見事、治して御覧に入れましょう」
「頼む! 私の足を、戻してくれ!! 」
ユリウス殿下の心から出た叫びをしかと受け止め、俺は魔力支配の力で遺伝子の解析を始めた。その中からユリウス殿下の両足の構造を読み取り、それに従い慎重に形成していく。
まだ残っている太腿から肉が盛り上がっていき、徐々に足が生えてくる光景に、ユリウス殿下とマリアンヌ、それと次いでにクレスも息を呑み見守っている。
「痛みはありませんか? 」
「いや、少しくすぐったいくらいで痛みはまるで無い。これは…… 奇跡だ」
治っていく自分の足を、ユリウス殿下はまるで夢でも見ているかのように、ただじっと見詰め続けていた。




