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『魔力結晶?』
あれから部屋に戻り、ギルディエンテから義眼の魔道具について、詳しく説明をして貰っている。
『そうだ、魔核でも可能だが、高品質な物を必要とするうえに、強度に多少不安が残る。 ここは魔力結晶が良いだろう』
『そうですか……所で、その魔力結晶とはなんですか?』
初めて聞いたが、言葉通り魔力の結晶なんだろうけど、どうやって手に入れるか分からない。
『む? 魔道具作成の基礎知識なんだが…… 全く、知識不足にも程があるぞ。いいか、魔力結晶とは、言葉通り魔力の結晶体の事だ。 魔石や魔核が長い間、高濃度の魔力に当てられ続けると、ごく稀に結晶化する事がある。 これを魔力結晶と呼んでいる。 魔石は内蔵されている魔力が尽きれば、粉々に崩れ、ただの砂になることは知っているな? 魔核もまた然り…… だが、魔核と魔力結晶には、周囲のマナを取り込み魔力へと変換する機能が備わっている。 これにより、魔術の発動と停止のみを己の魔力を使い、術の維持にその魔力を充てる事が出来るのだ』
高濃度の魔力か…… 俺の魔力収納も言わば高濃度の魔力で出来た空間だが、魔石も魔核も結晶化した事はない。 一体どのくらい当て続けなくてはならないのだろうか?
『この空間は結晶化の条件を満たしているんですか?』
『うむ、十分に満たしている。 だが、結晶化するには最低でも百年は掛かるぞ』
百年!? それは無理だ。 エルフなら大丈夫だけど、俺は寿命で死んでしまう。 何処かで調達しないと…… でも、どこにあるんだ?
『では、何処で手に入れれば…… 心当たりはあるんですか?』
『まあ、まて…… そう急ぐな、百年というのは自然に結晶化する最低年月だ。 人工的に作り出す事も可能である』
『人工的にですか? それはどうやって?』
『我が知っているのは魔道具を使い作り出していたが、お前のスキルがあれば魔道具はいらぬな。 仕組みや方法は我が知っている、あとは素材があれば良い』
そうか、 それを聞いて安心した。 この魔力支配は恐ろしく便利なスキルだ。 これが無かったら、俺なんかとっくに死んでいただろう。 魔法を授けてくれなかった時は少し失望したが、このスキルを与えてくれた事は感謝してもいいかもしれない。
『素材には何が必要ですか?』
『魔核だ。 なるべく品質が良くて、大きいのが望ましい』
魔核か…… 確か、ウッドベアの魔核があったな、俺はギルディエンテにウッドベアの魔核を見せた。
『この魔核では、駄目ですか?』
『駄目だな、小さすぎる。 結晶化させると、元の魔核よりも小さくなってしまう。 これでは、片眼も作れんぞ』
駄目か、でも魔核なんて何処で…… エドヒルに聞いてみようか? いい魔核があったら、譲って貰おう。
『まずは、魔核を入手しなければ始まらん。それまで我は暫し休む…… 用があれば呼ぶが良い』
そう言うとギルディエンテは眼を閉じ、規則正しい呼吸音だけが聞こえてくる。 アンネはとっくに家の中のハンモックで寝ているし、俺も寝るか…… 明日、エドヒルに訳を話し、魔核が無かったら、狩りに連れていってもらおう。
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翌日、朝食を取った後、エドヒルに声を掛け、俺の部屋へ来て貰った。そこで、魔核を譲って貰えないか訪ねたら、大きい魔核は貴重なので、今は無く、有っても譲るのは難しいと言われた。
それなら、俺も狩りに連れていってほしいと頼んだら、断られてしまったが、諦めず何度も頭を下げる。 なんで魔核が必要なのか聞かれたので、訳を話す事にした。 余計な事をするな! と言われそうだが、エレミアの眼が見えるようになる方法があると断言して、説得を試みた。
「本当に、そんなことが可能なのか? 俄には信じがたい……」
確かに、すぐに信じられる話では無いかもしれない。 でも、信じてもらうしかない。
「俺達も、エレミアのために知恵を絞り、色々と手を尽くした。 だが、もとから無いものはどうすることも出来ず…… せめて、エレミアが安全に、健やかに生活できるようにと、里の皆で協力してきた。 しかし、それがエレミアを苦しめていた事を俺達は知らなかった。 俺達エルフは里の全員が家族ようなもので、それぞれの得意分野で支え合いながら生きている。 エレミアは自分の存在が皆の足を引っ張っていると思っているようだ。 前にな、言われたんだ…… 私がこんな体で生まれたせいで、ごめんなさい…… と、俺は何も言えなかった。 どう声を掛けてやれば、エレミアの心が楽になれるのか、分からない。 今でこそ、明るく振る舞っているが、あの時の事は今も頭から離れない」
そうか、その気持ちは痛いほどに良く解ってしまう…… 自分という存在が、その人の足枷になっているのでは?と思い、申し訳なさと情けない気持ちになってしまう。 大切な人であればあるほど、その気持ちは大きくなっていく。
いつか、見限られて捨てられるんじゃないかと不安になる。 だから、自分に出来る事を必死に探すんだ。 ――自分はこんなに役に立てるよ、だから、捨てないで―― 一緒にいられる資格が欲しかった。 そんな物、何処にも無いと知っているのに……
「ライルの言っている事がもし、本当なら、俺はこの命をすべて使いお前に協力しよう。 だが、嘘だった場合…… その命を貰う」
エドヒルは俺を射殺すような視線を向けている。部屋の温度が急激に下がったのかと錯覚するほど、俺の体は血の気を引き、ぶるりと震えた。 静まり返った部屋で、自分の心臓が脈打つ音だけが耳に響く。 俺は軽く息を整え、言葉を発した。
「すべて、真実です。 エレミアの眼を作ります…… その為なら俺も、この命を捧げます」
眼を逸らさず、真っ直ぐにエドヒルを見据えて、言い切った。
「………… そうか、その覚悟があるならば、俺はお前を信じよう…… 」
「では、狩りの同行を許可して貰えるんですね?」
「いや、俺とライルの二人で狩りに出る、大物の魔核が必要なんだろう? いつもの狩りでは駄目だ」
「何か、心当たりでも?」
「ああ、ある。 強い相手だ、気を抜けばすぐに殺される。 覚悟はいいな?」
そんなに強い相手なのか…… でも、とっくに覚悟は出来ている。
「どんな相手なんですか?」
「…… オーガだ。 体は大きく、俊敏さには欠けるが、腕力は恐ろしく強力だ。 一発でも喰らえば死ぬと思え」
オーガか…… それなら、魔核も大きそうだ。 もう、やるしかない!




