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「見ろ、あれが俺達の本拠地てあるオアシスの町“ボハラ” だ」
朝日を背にして、ガンビットが誇らしげに砂丘の上から町を見下ろす。あれから砂漠をバンプリザードで駆けて辿り着いたのは、巨大な泉を中心に緑が広がる町だった。
「さあ、行きましょう。クレスさんが貴方達を待ってますよ」
エイブラムがそう言うと、ガンビットがバンプリザードの手綱を握り、砂丘から滑るように下りていく。その後に俺達も続き、町の入り口まで一気に走った。
町には塀となるものはないが、魔物の侵入を防ぐ結界が張られているので魔物による被害の心配はないだろう。しかしこの結界には覚えがある。インファネースに張られている物と同じなのだ。たぶんリリィが用意したんだろうな。
柱が二本立っているだけの簡素な門にいる見張りに、ガンビットが俺達の事を説明すると、見張りの男性は期待の籠った眼差しを向けてくる。
「ボハラへようこそ。歓迎するよ、一緒にアンデッド達をぶっ倒そう! 」
見張りの人達から良い笑顔で迎えられ、門を抜けて町へ入った。
「バンプリザードはここに預けてくれ」
ここまで世話になったバンプリザードを労いつつ門近くの馬屋に預け、徒歩で町中を移動する。
クレス達が拠点としていると聞いていたから、冒険者が多いと思っていたけど、女性や子供を良く見掛ける。元から住んでいる町民達なのだろうか? そんな思いが顔に出ていたらしく、エイブラムが話し掛けてくれた。
「一応、私達はおたずね者ですから、如何にもといった方は表に出ないようにしているんですよ。特にクレスさんとそのお仲間は有名ですから」
そうだろうね。話を聞く限りじゃ、あちこちで活躍していたみたいだからな。
ガンビットに連れられ到着したのは、周りと同じ石材と土壁で出来た何の変哲もない民家だった。ここにクレス達が?
家に入ると、厳つい男達が此方を睨む。外から見た印象と違い、中はピリピリとした空気が漂っている。何だか警戒されてる? ガンビットとエイブラムが彼等に俺達の事を紹介して、やっとこの気不味い空気から解放された。どうやらこの人達も冒険者のようだ。
しかし、周りを視てもクレス達と思わしき魔力が見当たらない。本当にいるのか? そう疑問に感じていると、睨みを利かせていた冒険者の一人が床にある取手を掴み引き上げた。隠し扉のようなその中には階段があり、地下へと続いている。クレス達はこの先にいるらしい。
階段を下りていくと木の扉があり、その向こうには広い地下空間になっていた。テーブルや椅子等の家具が配置されていて、どうやら住居スペースになっているようだ。そして、テーブルの上に広げられた紙を何やら難しい顔で見詰めている青年と、椅子に座って眠そうな眼をしている少女が、俺達に気付いてこっちを向く。
「ライル君! 良く来てくれた。こうして無事に会えて嬉しいよ。それと、こんな事に巻き込んでしまってすまない」
「…… 久しぶり」
「お久しぶりです、クレスさん。リリィ。そちらもご無事で何よりです。俺達がサンドレアに来たのはクレスさん達を心配してもありますが、此方の都合でもありますのでどうかお気になさらずとも結構ですよ」
「そうか、とにかくライル君達に来てもらって助かった。色々と力を貸して欲しい。っと、その前に初めての人もいるようだし、紹介してくれないか? 」
レストンとアグネーゼをクレス達に紹介し、テーブルを囲んでここまでの経緯を話した。ガンビットとエイブラムは別の用事があるとかで、もう此処にはいない。
「成る程、既にインファネースへ手を伸ばしていたのか。それで冒険者ギルドと商工ギルドが合同調査をね…… 」
「大体の事はガンビットさんから聞いていますが、一体何があって、これからどうするのですか? 」
「順を追って説明するよ。僕達がこの国へ来たときはまだ普通だったんだ。いや、アンデッド達が水面下で動いていたのを気付けなかったと言えばいいかな。色々とアンデッドキングの事を調査している内に、彼等がサンドレアを乗っ取ろうとしているという情報を掴んだけど、少し遅かった。既に王はヴァンパイアの手に堕ち、国の兵士達はレイスに取り憑かれ、村や町は実質アンデッドに占拠されたも同然になってしまった。僕達は何とか冒険者を集め、アンデッドに追われる神官達を救い、このオアシスまで来たのだけれど、思うように身動きが取れなくてね。未だにアンデッドキングの所在も判明していない。王都にいるというヴァンパイアが有力な情報を持っているらしいけど、なかなか尻尾を出さなくてね。外への連絡も出来ないし、正直手詰まりな状況なんだ」
王都にいるヴァンパイアとは、魔力収納内で尋問したレイスが言っていたゲイリッヒの事だろう。
「そのヴァンパイアが王都の貴族街にいるとこまでは分かっているんだけどね。権力のある者はレイスに取り憑かれているか、自ら望んでヴァンパイアになってしまった。今の貴族街はアンデッドの巣窟となっていて下手に近付けない」
「え? 望んでヴァンパイアになった者がいるんですか? 」
信じられない、何でそんな事を?
「…… 年を取らない肉体、大きな力、そしてこの国の現状を鑑みればヴァンパイアになりたいと思う者も出てくる。高い地位や有り余る財産を持っている者ほど強くそう願う。誰だって、自ら得た物を手放したくはない。死というどうする事も出来ない終わりを回避する為なら、彼等は喜んで人間を捨てる」
リリィがさも当然といった雰囲気で淡々と語る。一度手に入れたものは二度と放したくなくなる。これも人間の欲からくる衝動のようなものなのだろう。地位も名誉もある者が最後に望むとしたら、それは今を永遠に保つ事に至るのかも知れないな。




