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昼食を終え、腹もくちくなったところで予定通り二手に別れる事にした。
レストンとその護衛としてガストール、ルベルト、グリムの四人は王都にある商工ギルドへ。俺とエレミアとアグネーゼの三人は、クレスの仲間であるガンビットを訪ねに、赤蠍亭と言う宿屋へと向かった。
「確か、ここら辺だと言ってたよな…… おっ! あったあった。ここがそうか」
街の人達に道を尋ねながら探していると、赤い色の蠍が描かれた看板を掲げる建物を見つけた。ちゃんと赤蠍亭とも書いてあるし、ここで間違いないようだ。
外観は立派で、インファネースでは珍しい高層建築だ。部屋が余っていたなら、ついでに宿泊の手続きもしておこう。
中も広々としていて、一階のラウンジには柔らかそうなソファーが並び、ゆったりと寛げそうな雰囲気を醸し出している。結構高そうな宿屋だ、ここの宿泊費もギルドの経費で落ちないだろうか。
「ようこそ、赤蠍亭へ。お泊まりですか? 」
カウンターの先で、受付嬢が見事な営業スマイルで迎えてくれる。
「はい。七人なのですが、部屋は空いてますでしょうか? 」
「それですと、三人部屋がお一つ、二人部屋をお二つご用意出来ますが? 」
「それでお願いします」
宿泊料金は締めて二万六千リラン。たかっ! 普段泊まる宿の料金の相場より一桁多いぞ。別の宿を探すのも面倒だし、これはどうにか経費で落として貰えるようレストンに掛け合おう。
おっと、本来の目的も忘れてはならない。確か、ガンビットだったよな?
「あの、ここにガンビットさんという方がお泊まりになっていると聞いたのですが…… 」
「ガンビット様、ですか? 失礼ですが、どういったご関係でしょうか? 」
「えっとですね、共通の知人がいまして、その知人を通してこの宿で待ち合わせをしています」
「知人のお名前を伺っても? 」
「クレスと言います」
受付嬢は始終にこやかな表情を崩さずに対応していたが、俺がクレスと言った瞬間、頬がピクリと動いたのを見逃さなかった。この受付嬢、何かあるな。レイスには憑かれていないようだけど、無関係とは思えない。
「今お呼び致しますので、ラウンジにてお待ち下さい」
そう言うと、受付嬢はカウンターを別の人に任せてその場を離れた。
俺達は言われた通り、ラウンジにあるソファーに座りながら待つ。このソファーの座り心地はなかなかに良い。素材は何だ? 何かの生き物の革なのは魔力解析で分かるが、その生き物の正体が分からない。このプニプニと柔らかい革の質感は座っていて癖になる。恐らくサンドレア特有の生物なのだろう。家に一つは欲しいね、この街の家具店に売っているのなら是非とも購入したい。
「あら? このお茶、いい香りね」
「香りもそうですが、味も美味しいですよ」
宿の従業員が用意してくれたお茶を飲んだエレミアとアグネーゼが、味と香りについて話している。どれどれ、俺もひと口…… ほぅ、爽やかな香りにすっきりとした味わい。苦味が少なく、砂糖を入れなくても十分な甘味を感じる。色合いは少し黄色っぽくて初めて飲む味だ。お高いんだろうなぁ…… 母さん達へのお土産に買っていこう。
『ちょっと! ライル達だけずるい!! あたしにも飲ませなさいよ! 』
魔力収納内でアンネが飲ませろと抗議してくるが、今は人目があるから無理だよ。後で茶葉を買っておくから、それまで我慢してくれ。
『そうですか、それなら僕も楽しみに待っていますね』
アルクス先生…… 貴方もですか? ソファーも加えて、後で売っている店の場所を聞いておかないと。
しかし店の内装とソファーの座り心地の良さ、それにお茶が旨い。流石はお値段が高いだけはある。最上階の部屋から見える眺めはさぞかし良いのだろうな。生憎と俺達が泊まる部屋は二階と三階だけどね。
そうして暫く待っていると、向こうから誰かが此方に近付いて来るのに気付いた。
肩まで伸びた亜麻色の髪、気の強そうな精悍な顔付き、如何にもと言った旅人風の装いをした青年だ。歳はクレスと同じくらいに見える。
「あんたらか? 俺に用があるってのは」
俺はソファーから立ち上り、軽く会釈をする。
「初めまして、私はライルと言います。貴方がガンビットさんですね? クレスさんから連絡はいってませんでしたか? 」
「あぁ…… お前がライルか。何か思ってたのと違うな。手紙には頼りになると書いてあったから、どんな奴が来るかと期待してんだが、見るからに戦えそうもない。隣のエルフの方が強そうだ」
まぁそんな書き方したら、どんな強者が来るかと期待するよな。それがこんな片目で腕が無い少年が来たらがっかりもするよ。これは思わせぶりな事を手紙に綴ったクレスが悪い。だからさエレミア、そのあからさまな舌打ちは止めような。
「ご期待に添えず申し訳ありません。それで色々と伺いたい事があるのですが」
「それなら、俺が泊まっている部屋で話そう。ここで話せる内容では無いんでな」
「分かりました。因みにお部屋は何階ですか? 」
「ん? そりゃあ、最上階さ。眺めは最高だぜ」
さいですか…… それは何とも、羨ましいことで。




