23
目覚めは良好。家の周りにいたレイスは日の出と共に離れていったし、特に何が起こるでもなく夜が明けた。
やっぱりこの村にもレイスがいたか。数は少ないけど、昼間は陽の光が届かない土中に潜み、夜に活動しているようだ。貸してもらった家屋に結界を張って正解だったな。
「ふぅ…… この味噌スープを飲むと何だかホッとしますね。卵焼きも何段かの層になっていて面白い。魚の干物に浅漬けした野菜、これがジパングの一般的な朝食なのですか? ただ、この白米は何も味がしないのですね」
「上から醤油でも掛ければ味がついて食えるっすよ」
ルベルトがご飯に醤油を掛けて食べているのを見て、レストンやアグネーゼも真似をする。
元々濃い味付けが主流である大陸では、お米の味は理解出来ないようだ。一皿一皿、集中的に食べる大陸の人達にはどうしても米とおかずを一緒に食べるという事が出来ない。前に母さんやシャルルとキッカに三角食べを伝授しようとしたのだが、どうやれば良いのか分からずにおろおろしていた。うぅ、そんなに難しくはない筈なのに、何故出来ない?
それでも和食がインファネースに受け入れられたのは、比較的薄味に馴れているからだろう。同じ大陸に暮らしていても、地域毎に食事の味付けは違ってくる。北に行くほど味は濃くなり、南に行くほど薄くなる。その為、南に位置するインファネースの人々はジパングの繊細な料理の味付けも気に入ったのだろう。
前世で聞いた事がある。手が冷たいと味の濃いものが食べたくなり、逆に暖めると味が分かりやすくなって薄いものを求めやすくなるのだそうだ。えっと、手を冷やすと交感神経だか何だかが活発になるとかで、温めると副交感神経が優位になるだかで…… まぁ、うろ覚えだけどそういう事らしい。だったらお米の味も分かって貰いたいものだ。
「それでは出発しましょう! 」
朝食を終え村長に挨拶をしてから、王都へと向けてバンプリザードを走らせる。この村でだいたい半分まできた。王都まであと少しだな。
それからは休憩と野営を繰り返し、度々現れるアンデッドを倒しながら着々と距離を稼いで行く。グールにされた人達は野盗らしき人が殆どだったが、教会の神官と思われる人もたまに見掛けた。その都度アグネーゼは悲しそうな顔をしながらも自らの手で浄化していく。だが、目の光は消えずに益々強くなっているように見える。どうやらルシアンナの一件がアグネーゼの心に強い火を灯したようだ。
「やはりアンデッドは野放しには出来ないと、改めて実感致しました。私達教会は神の使命の下、アンデッドを浄化し続けます」
そんなやる気を漲らせ宣言するアグネーゼに、レイスであるテオドアが複雑な思いで聞いていた。
『いや、気持ちは分からなくはねぇんだけどよ。俺様だって必死なんだぜ? 別に好きでアンデッドになった訳じゃねぇのに、存在を否定されて消そうとしてきやがる。だけど、今回のあいつらはやり過ぎだ。こんな目立つような事をしてよ…… 俺様のように目立たずひっそりと、そして夜に少し羽目を外すくらいが丁度良かったのにな』
テオドアがアンデッドキングだった頃は、アンデッドによる被害は少なかったと聞く。慎重で臆病な所があるテオドアは、人間―― 特に浄化魔法が使える教会の神官達を恐れ、出来るだけ身を隠していた。それでも下にいる者達の不満や鬱憤を晴らさせようと、軽い悪戯レベルで人間達を襲う日々。結果、それが部下であるレイスやヴァンパイアの反感を買う事になってしまった。テオドアによって押さえ付けられていた欲求不満が、ここへ来て一気に爆発してしまったのだろう。
「教会とアンデッドは、決して相容れるものではありません。この世界からアンデッドがいなくなるまで、私達の争いはなくならないでしょう」
相容れる事は不可能、か。出来ればテオドアとも仲良くしてもらいたかったけど、それは無理そうだ。それを分かっているのか、テオドアも必要以上にアグネーゼには絡まないようにしている。共存は、出来ないんだろうな。アンデッドの発生原因を思えば、流石にね?
もうとことん対立する道しか残されてはいない。そうなると、テオドアも何時かは浄化されてしまうのだろうか? 誰よりも生に執着していそうな、このレイスが。
きっと、何時までもこの世界に留まる事は出来ないだろうと、テオドアも分かっている筈だ。ならせめて、俺と誓約を交わしている間だけは、この世界を満喫して貰いたいものだ。
『そうは言うけどさ~、覗きとかそんなので満喫されちゃ困るよね? 』
『いやいや、ばれなきゃ平気だって! 上手く隠れるからさ、見逃してくれよ、な? 相棒。仲間だろ? これかも助け合っていこうぜ! 』
うん、俺とテオドアは確かに仲間だ。だからこそ、間違いは正さないとね。アグネーゼも加わったし、これからはより一層厳しく取り締まらないと俺も変な目で見られてしまう。と言う訳で大人しく諦めてくれ。




