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腕なしの魔力師  作者: くずカゴ
【第十三幕】砂の王国と堕落せし王
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21

 

 唖然とするアグネーゼの視線の先には、酷くボロボロだけど修道服を着た女性のグールがいる。生気の無い目に所々露出している肌には暴行されたような痕が生々しく残されていた。


「アグネーゼさんのお知り合いですか? 」


「…… はい。彼女は、先ほどまでいた港町の教会で司祭をしているルシアンナと言います。私と歳が近く、聖教国で修業をしていた頃は、お互いに切磋琢磨していました。慈悲深く、優しい人で、サンドレアで司祭として人々を導くのだと、あんなに張り切っていたのに…… こんなのって、あんまりです」


 これは、だいぶ堪えるだろうな。旧知の間柄だった人物が変わり果てた姿で襲ってくるのだから。


「ここはエレミアに任せましょうか? 」


「いえ、私にやらせて下さい。既に彼女の魂は神の御許へといっているようですが、体がこれでは浮かばれません。せめて私の手で弔いたいのです」


 魔力を練りながら、ゆっくりとした足取りで歩いていくアグネーゼに、グールとなったルシアンナが気付き、矛先を向けてきた。


 低い唸り声を響かせ、襲ってくるルシアンナの手がアグネーゼに伸びる。しかし魔法を発動する為の魔力を練るのに集中しているのか、アグネーゼは避けようともしない。

 このままでは危ないと思った俺は、魔力収納から魔動式丸ノコを取り出し、盾部分でルシアンナの攻撃を防ぐ。ギルの鱗を加工した丸ノコの側面に当たる円い盾には傷一つ付かず、逆にルシアンナの拳が潰れてしまっている。

 それでも尚、ルシアンナは攻撃の手を緩めない。幾ら動きが単調で読みやすくても、何時までも防ぎ続けるのは難しい。此方に来ようとしている他のグールやスケルトンを、エレミアが押さえてくれているが、そう長くは持たずに突破されるのも時間の問題だ。


 ここで漸くアグネーゼは浄化魔法を発動した。足元から魔法陣が広範囲に広がり、アンデッド達を虹色の光が包み込む。時間が掛かった分、かなり大きな魔法陣だ。光が空へと伸びる様子は、外から見たらまるで光の柱が立っているように見える事だろう。

 魔法陣上にいるアンデッド達は浄化され、次々と灰になっていく。頭上で様子を窺っていたレイスも光に巻き込まれ、消えるのが視える。あいつら、いつの間に来ていたんだ?

 当然、ルシアンナもボロボロの修道服を残して肉体は灰になり崩れ去る。アンデッド達のうなり声にも似た断末魔が岩山全体に鳴り響く。気のせいだとは思うけど、その声は泣いているかのように、とても悲しく感じた。


「さようなら、ルシアンナ…… 貴女の来世に幸多からんことを」


 地面に積み重なる灰の前で、アグネーゼは手を組んで祈りを捧げていた。




 アグネーゼの浄化魔法によって大半のアンデッドを葬り、残りも危なげなく対処が出来た。基本グールは動きが鈍いし、スケルトンに関してはグールよりかは機敏だけど体が脆いので、後はガストール達とエレミアが倒してくれた。


 無事にアンデッドの襲撃を乗り越え、ガストール達に残骸処理を頼み、その間に俺達は野営の準備をする。


 マジックテントを二つ設置して、結界の魔道具を発動させた。これで一晩は魔物に襲われる心配はない。火を起こし食事の支度を終える頃にはガストール達も戻り、皆で夕食を摂る。久しぶりのエレミアの料理にルベルトは興奮し、初めて食べるレストンは感心していた。時間がないので簡単な煮込み料理にしたとエレミアは言っていたが、それでも美味しいのには変わりない。


「やっぱり姐御の料理は最っ高に旨いっすね! 」


「これはとても美味しいですよ。エルフというのは、薬だけでなく料理もお上手なんですね」


 絶賛する二人に 「…… ありがとう」 と素っ気なく返すエレミアだけど、口元が微かに綻んでいた。しかし和やかな食事の中、アグネーゼだけが浮かない様子で食事をしている。時折軽く頬笑みを返したりしているが、どこか元気がないようだ。まぁあんな事があったのだから仕方がない。


「アグネーゼさん。その、大丈夫ですか? 」


「ライル様…… はい、私は大丈夫です。ご心配をお掛けしたようで申し訳ございません。それと、守って頂きありがとうございました」


 どうしよう、声を掛けたはみたけれど何て言えば良いのだろう? 暫く頭を悩ませてると、アグネーゼが焚き火をじっと見ながら独り言のように話し出す。


「死は、終わりではありません。彼女の魂は来世へと向かったのです。寂しくはありますが、決して悲しむものでは…… ですが、志半ばでこの世を去った彼女は、さぞかし無念だったでしょう。そう思うと、胸が苦しくなります」


 死は終わりではなく次への旅立ちである。そう教わっていたアグネーゼだけど、それでも別れというのは寂しいものだ。


「でしたら、ルシアンナさんの分まで、生きて頑張るしかないですね」


「はい、それが残された者の務めでございます。明日までには心の整理をつけておきますので。申し訳ありませんが、先に暇を頂きたく存じます」


 そう言って、食事を終えたアグネーゼはテントへ入っていった。


 ふぅ、月並みな言葉しか言えない自分がもどかしい。俺はまだ、アグネーゼの心に寄り添えるほど親しくはない。良く知りもせずに、気持ちが分かるなんて安易には言えないよ。それでも、もっと気の聞いた言葉があっただろうに…… 己の不器用さにはがっかりさせられる。


「よぉ、話はエレミアから聞いたぜ。心配なのは分かるが、こればっかりは他人がどうこうできる問題じゃねぇ」


 俺とアグネーゼのやり取りを見ていたのか、ガストールが酒の入ったカップを片手に声を掛けてくる。


「そうですよね。分かってはいるんですが、どうにも、ね? 」


「こんなご時世だ、生きてりゃ知り合いの一人や二人、殺されるのは珍しくもねぇ。慣れろとは言わないが、常に覚悟はしておくんだな。絶対死なねぇ保証なんかありはしねぇんだからよ。お前も、これを機会にしっかりと心を決めておけよ」


 バシンッ! と俺の背中を叩いたガストールは、ルベルトとグリムの下へ去っていった。ほんと、面倒見だけは良いよな。


 覚悟、か…… 身近な人が殺されるなんて、前世でも経験はない。祖父が九十で亡くなったけど、あれは寿命だっから、人生を全うした感じがしてそんなに悲しいとは思わなかった。

 この世界に生まれ変わった後も、人が死ぬ所は何度も見ているのに、どれも自分の知らない他人や悪党だったので、そこまで思う所は無かった。今回だって可哀想とは思うが、それ以上の感情は沸き上がらない。


 もし身近で親しい人が殺されるような事態になってしまったら、その時俺はどうするのだろう? 復讐に囚われるのか、全てから目を背けるのか、それとも全部受け入れてしまうのか。


 せっかく忠告してくれたガストールには悪いけど、覚悟の決め方なんて俺にはまだ分からないよ。

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