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帝国とオーガの戦争が終わり、インファネースに戻ってきた俺は、マナフォンでサンドレア王国にいるリリィと連絡を交わした。
リリィが言うには、後少しでアンデットキングがいる証拠が掴めるらしくて、もう暫くはインファネースに戻れないとのこと。リリィ達が戻って来るまで、アルクス先生と結界魔術の改良をするしかないな。
「すみません、アルクス先生。ゴーレム研究でお忙しいのに頼ってしまって」
「いえ、構いませんよ。ゴーレムの方は形が見えてきましたので、後はシャロット嬢と他の方達で大丈夫でしょう。それよりも、ライル君の方が重要ですからね。断る訳にはいきませんよ」
自身も忙しいのに、笑顔で協力を快諾してくれたアルクス先生には頭が下がる。
「しかし、リリィさんがいないのは厳しいですね。結界の術式は、アンネさんの言うように新しく開発した術式の効果を逆にすれば良いだけですので、僕達だけでも何とかなりそうですが、隷属魔術を見破る魔道具に関しては、リリィさんのお力添えがなければかなりの時間を要するでしょう」
「やっぱり俺達だけでは難しいですか。仕方ありません、リリィ達が戻るまで結界の術式だけでも完成させたいですね」
それからは、アルクス先生には魔力収納内でギルと一緒にカーミラ達を逃がさず、閉じ込めるような結界魔術の開発に専念してもらっている。
俺は店の仕事があるので、日中は店の事に集中して日が沈んでからアルクス先生達と一緒に魔術の開発に勤しむ日々を過ごす。
そんな中、サンドレア王国が不穏な動きを見せ始める。
最近のサンドレア王国は情報規制がより一層厳しくなり、小麦や野菜等の関税が大幅に上がってしまい、貿易商でもある東商店街の代表、サラステア商会会長のヘバックは、この出来事に頭を抱えていた。これはインファネースだけでなく、サンドレア王国の隣国である此処リラグンド王国もざわついた。
どうしてこのような事になったのか、リラグンド王国はサンドレア王国に強く説明を求めたが、いまだに返答は無し。これまで隣国として良い関係を築けていたと思っていた国王は酷く困惑していると、第二王子であるコルタス殿下から話を聞いたシャロットが教えてくれた。
一体サンドレア王国に何が? 心配になり、マナフォンでリリィ達との連絡を試みたのだが、何故か繋がらない。マナフォンは周囲にマナが存在し、魔力が通れる所なら何処にいても繋がる筈なんだけど……
まさか、リリィ達に何かあったのだろうか? そう思うと心配でいてもたってもいられない。今すぐにでもサンドレア王国に向かいたい気持ちなんだけど、何の情報も無しに行くのは危険だと周囲が止めてくる。思うように動けず、ここ最近は悶々とした日々を過ごしていた。
「ねぇ、クレス達が心配なのは分かるけど、こっちもそうすぐには動けないし、今は情報を集めるしかないわ」
「情報を集めると言ってもさ…… こう規制が強くては大した事は分からないよ。やっぱり直接出向くしかないんじゃないかな? 」
エレミアが宥めるように言葉を掛けてくれるが、今の俺には暖簾に腕押しで、聞き流してしまう。
「はぁ~…… 一体どうなってるのかしらねぇ? 彼処の化粧品は質が良いと評判なのに、今じゃ全然手に入らないわぁ」
「私もあの国の化粧水を使っていたので、困ってますよ」
「あら? リタちゃんはまだ若いから良いじゃなぁい? 私なんか少し手入れをサボるとすぐにお肌がカサカサになっちゃうのよ? 別の化粧品を代用してるけど、やっぱりサンドレア産じゃないと私の肌に合わないのよねぇ」
店で紅茶を飲んでいる薬屋のデイジーと服屋のリタの会話が聞こえてくる。この国がサンドレアに化粧品やチョコレートに報復関税を仕掛け、サンドレア王国から商品が流れなくなってきている。流れて来たとしても、何時もより随分と値上がりしているので、手が出しづらいのが現状である。
国への通行税も高くなり、貿易商や行商もサンドレア王国に行く者が少なくなってきている。まるで外から来る者を拒絶しているかのようだ。
もう一度マナフォンでリリィ達との連絡を試みるが繋がらず、不安ばかりが募っていく。クレスの事だから、また何か厄介事に自ら飛び込んだのではないか? それとも、この一連の出来事はアンデットキングが関係しているのだろうか? 今はただ、リリィ達の無事を祈るしかない。
そんな気持ちのまま数日が過ぎたが、クレス達からの連絡はなく、サンドレア王国の情報も入ってこない。徐々に焦りだけが増していく中、とある人物が店を訪れた。
「ご無沙汰しております、ライル様。やっと、貴方様の元へ伺う事が出来ました」
そう言って修道服を着た女性が頬笑む。相変わらず服の上からでも分かる程のナイスなバディ、栗毛のロングヘアーに優しげな垂れ目にある泣きぼくろがセクシーさを醸し出している。あぁ、確か必ずインファネースを訪れると言ってたな。
「お久しぶりです、アグネーゼさん。もう帝国の方はよろしいのですか? 」
「はい。大分落ち着いてきましたので、後任の者に引き継いできました。一刻も早く、ライル様の元へ馳せ参じたいと思いまして」
うん? それって、今度の派遣先はインファネースになったって事かな?
「これで漸く、ライル様のお側にいられます。まだまだ未熟な身ではありますが、どうぞよろしくお願い致します」
ゆっくりと頭を下げるアグネーゼに、俺は戸惑いを隠せない。
「えっ? あの、お側にとはどういう意味ですか? インファネースの教会に派遣されてきたのでは? 」
「いいえ、私は常にライル様のお側に付くようにと仰せつかっております。彼の神敵を討つには、更に教会とライル様との連携を密にしなければなりません。それに、神に選ばれしライル様に教会の者が一人も付かないのは如何なものかと。そういう訳でして、ライル様との面識がある私に白羽の矢が立ったという訳でございます」
それってつまり、これからも一緒にいるって事か? まぁ、アグネーゼには魔力収納についての説明はしてあるし、問題はないのだけれど……
「料理はエレミアさん程得意ではありませんが、身の回りのお世話等は私にお任せを、なんなりとお申し付けください」
なんなりとと言われても、ね?
「ちょっとまって。ライルの世話は私一人で十分よ。悪いけど、貴女の出番はないわ」
「しかし、エレミアさん一人では何かと大変では? 私も加われば、もっとライル様は快適に過ごされるかと存じますが? 」
エレミアもアグネーゼもお互いに譲る気はないようだ。でも、身の回りの事なら殆ど一人でこなせるし、態々世話して貰う必要はないんだけどな。




