妖精ピッケの一日 ―前編―
やっほー♪ あたしはピッケ! 皆の人気者さ!! 今日はそんなあたしの一日を紹介しちゃうよ!
あたし達妖精はね、フェアヴィレッジって言う緑豊かな所で暮らしてるんだけど、毎日植物達の世話ばかりで正直飽き飽きしてたんだよね~。
そんなところに、あたし達の女王であるアンネ様が戻って来たんだ! しかも、変な人間? とエルフを連れてね。
エルフはあたし達妖精を大切にしてくれるから良いけど、人間はね…… でも女王様が連れてきたから悪い人間ではないのかもしれないと、あたし達は歓迎したよ!
そしたらなんと、お土産にあま~いお酒を貰っちゃった♪ デザートワインって言うんだって! でも量が少なくてさ、もっと飲みたいからなんか作ってすり寄ろうとしたんだけど、貰ったのは違うお酒だったよ。まったく、頑張って首飾りを作ったのに…… けちな人間だよ!
でも、ほんと変わった人間だよね。えっと、確かライルって言ったっけ? あんな歪な魂は初めて視たよ。女王様の話だと異界の記憶持ちだって言うじゃない? 正直またかと思ったね。
ついこの間も勇者とか言う記憶持ちと仲良くしてたし、女王様の趣味にも困ったもんだよ。だけど今度の人間は少し事情が違うらしくて、なんと神様から支配系のスキルを授かってるんだって! その力であたし達の仕事を手伝ってくれると言うから驚きだよ!
しかもそれだけじゃなくて、あたし達に人間の街で遊んでも良いとも言ってくれてさ。それとなんか隷属魔術? を掛けられている人間を見つけて捕まえれば、あのデザートワインをくれるんだって! これにあたし達が食い付かない訳ないよね♪
まぁそんなこんなで、今あたし達はインファネースっていう人間の街で自由に遊んでる訳よ。本来の仕事があるから全員じゃなくて交代制だけど。
朝、植物の精霊魔法で木の枝を変形させて作った家で目覚めてからがあたしの一日の始まり。何名かの妖精は帰らずにインファネースで過ごしているけど、あたしは違う。色々と準備があるからね。
扉を開けると目の前には木と花が辺り一面に広がる風景が目に入る。見慣れ過ぎてもうなんにも思わないよ。あたしは家からマナの大樹まで飛んでいき、太くて大きい枝の付け根に人間―― ライルが設置してくれた転移門を抜けて、ライルの店の屋根裏に到着する。
「おっはよー♪ 今日も朝から頑張ってますな~」
朝からせっせと蜜を集めているハニービィ達に挨拶を交わし、ちょっと蜂蜜を分けて貰う。
これこれ♪ やっぱり朝一の蜂蜜はたまんないね! この幾つもの花の香りと濃厚な甘さ。病み付きになっちゃう、おかわりだ!! え? もう駄目? なんでよ!? …… 残りはお店の分だから、欲しければ金出して買えだって? フンッ!いいよ~だ! 他にも甘い物が貰える所はあるから、そこに行くだけだもんね。
ここのハニービィはライルに似ていてけちんぼだよ。店の一階に降りたあたしは、ライルの母親であるクラリスに会いに行く。
「おっはよ~、クラリス。クッキー頂戴♪ 」
「おはよう、ピッケちゃん。今日も元気ね」
あったり前よ! 元気が取り柄のピッケ様だからね!! クラリスは毎朝焼きたてのクッキーをくれるの。あのけちなライルの母親とは思えないよね!
そうそう、今そのライルは何でも帝国って所に女王様と行っているみたい。時々クラリスが心配そうな顔を浮かべているのを見る。女王様が一緒なんだから大丈~夫! だからおかわりお願いね♪
クッキーを堪能した後は、あの獣人族の双子と軽く遊んでから店を出る。向かうのは薬屋のデイジーのところ。
「おっはよ~、デイジー。約束の物用意出来たよ~」
「あらん♪ おはようピッケちゃん。うふふ、こっちもちゃあんと買ってあるわよぉ」
デイジーは他の人間とは変わってて、性別と言動が一致しないのよね。人間って不思議な生き物だよ。でもそこが面白いんだけど♪
空間の精霊魔法であたしの家とここの空間を繋ぎ、魔力操作で用意した荷物を取り出す。
「うん、やっぱり妖精の暮らしている所で育つ薬草は質がかなり良いわねぇ。これでまた上質な薬が作れるわぁ。ありがとね、ピッケちゃん」
「こんなんでいいなら、いくらでも持ってくるよ。それよりもほら、あたしにも約束の物を頂戴よ! 」
「はいはい、今出すからちょっと待ってね」
そう言ってデイジーは大きな鉄の箱から四角い紙で出来た箱を持ってきた。その中から苺が沢山乗ったおっきくて丸いケーキが出てくる。
うっひょ~! 待ってました!! 長年ではないけど、あたしの夢、ケーキのど真ん中にとつげきー!
うひゃ~♪ 体中で味わうケーキはまた格別だね! 甘い匂いに包まれて蕩けてしまいそうだよ。
「ほんと楽しそう。でもその小さい体に良くそんなに入るわねぇ? 妖精のお腹はどうなってるのかしらぁ? 」
うん? 気になっちゃう? 仕方いな~、ケーキも貰ったし特別に教えてあげよう!
「フッフ~ン、あたし達妖精の体は半分魔力で出来てんのよ。だから体を維持すんのにも魔力を必要とするの。で、その魔力はどうやって補充しているかと言うと、空気中のマナを取り入れる方法と食事なのよ! あたし達が食べた物は体に入ると同時に分解されて魔力へと変換されるの。まぁ他の生き物と比べるとあたし達は体が小さいから一度に多くは食べられないけど、延々と食えるわよ!! 」
どうだ! 凄いでしょ!! あたし達はお腹一杯になることなく、満足するまで食べ続けられるのだ!
「そ、それは凄いわねぇ。お願いだから街中の食べ物を食べ尽くさないで頂戴よ」
はぁ? んな事する訳ないじゃん。ていうか前に一度それをやって人間の街から追い出された事があったからね。同じ失敗は繰り返さないのがあたし達よ!
一頻り楽しんだあたしは、生クリームでベタベタになった体を精霊魔法で綺麗にする。
「ふぅ…… まんぞくまんぞく♪ ねぇ、残りは後で持って帰るから、あの冷蔵庫って奴に保存しといて」
「えぇ、分かったわ」
良し! お次はパン屋だ!! パンに夢中な同族がいるから、寄っていこう。
店が近くなるとパンの焼ける匂いがしてくる。この匂いも美味しそうで好きなんだよね。自然と涎が垂れてくるよ。
「おぉ、ピッケ! 良いところに来てくれた! あたしが考えた新作が今焼き上がった所なんだ。味見していってくれよ」
この妖精はインファネースに来て、パンに出会ってからずっとこの店に入り浸り、新しいパンの開発に勤しんでいる。でもパンを焼くのはお店の人間だけどね。
これが新しく考案したパンか、どれどれ…… 細長いパンにほくろみたいな黒くて丸っこいのがいっぱいついてる。なんかこれって――
「―― 兎のうんこみたい」
「なっ!? なんて事言うんだ!! うんこなんか使う訳ないだろ!? これはチョコレートよ! チョコレート!! 名付けて、粒々チョコパンって言うの。どうよ! 」
「う~ん、食べれば美味しいんだけど、見た目がちょっとね…… もっとましなのは思いつかなかったの? 」
「にゃにお~、新しいパンを開発するのは大変なんだぞ! そんなに言うならあんたも考えなさいよ!! 」
ありゃりゃ、怒らせちゃったよ。めんどいな~。適当に答えてさっさと次に行こう。
「前に女王様がさ、どーなっつって言う油で揚げるお菓子があるって言ってたよね? だからパンも揚げてみれば? そんで砂糖でもまぶしたら旨いんじゃない? 」
「パンを…… 揚げる? 」
はい、言われた通り案は出したんだからいいよね? あたしはまだ考え込んでいる同族を横目に次なる場所へと飛んで行く。
お次は中央広場にご到着~。ここは色んな屋台が出ていて見ているだけでも楽しいのよね。たまにエルフが出店を開いてお酒を売っているから、おねだりして少し飲ませて貰ってる。今日は…… 残念、いないみたい。
「だから~、お好み焼きは海鮮が最強だって言ってんでしょ! 」
「はぁ? なにそれ、誰が決めたのよ! 肉と山菜の組み合わせが至高なのは世界の理よ!! 」
何やら言い争っている声が聞こえたので様子を見に行くと、同族さん方がお好み焼きの屋台の前で激しい口論を繰り広げていた。屋台のおっちゃんは困った顔でどうしたものかと二人を窺っている。
どうやらあの二人は、お好み焼きの具材で意見がぶつかったらしい。しょうもない、海の幸だろうと山の幸だろうと、美味しければ何でも良いじゃない。美味しいは正義だよ!
「お待ちなさい!! お二人の意見は何も間違ってはおりませんわ! 」
おっ! あの二人の間に入った人間は知ってるぞ。確か領主とかいうこの街で一番偉い人間の娘で、名前はシャロットと言ったっけ? あのくるくる髪が特徴的で覚えやすいんだよ。今日も髪形がくるくるっと決まってるね!
「でもシャロット~、絶対海鮮の方が美味しいのにさ~ 」
「まだ言うか! 肉の入ってないお好み焼きなんかお好み焼きじゃねぇやい!! 」
「んだと~? あのホタテとエビのプリプリとした感触の良さも分からねぇくそ妖精め! 舌が腐ってんじゃねえのか? 」
またもや激しい口論が勃発しそうになるのをシャロットが止める。
「お二人共落ち着いてくださいませ。良いですか? お二方は根本的な事が分かっておられません。お好み焼きのお好みとは、お好きな具材を混ぜて作ると言う事。ですから、何が正解で何が間違いではありませんのよ。そう、お好み焼きとは自由なのです! 自分の食べ方を他者に強要してなりません。お互いに好きなものを否定せず、受け入れてみてはどうでしょう? きっと貴方方が満足するお好み焼きができると思いますわ」
え? それってみんな一緒に混ぜて作っちゃおうって事? シャロットは屋台のおっちゃんに頼んで、ほんとに海の幸と山の幸を一緒にしたお好み焼きを作っちゃったよ。
完成したそれを、自信たっぷりに二人の前に差し出す。そのお好み焼きを食べた二人は、
「…… 不味くはないけど、味がごちゃごちゃしてて、なんか変」
「うん。これじゃないって感じがすんのよね~。まぁ食えなくはないけどさ」
と、納得のいかない二人に視線を向けられたシャロットは、明後日の方向に顔を向けちゃった。
「あっ! そうだ、わたくし大事な研究の途中でしたわ。休憩はこれぐらいにして早く戻りませんと、ではごきげんよう」
慌てた様子で走り去って行くシャロット。逃げたね? さてと、面白いものも見れたし、次行ってみよ~。
さあ、次に参りましたのは西商店街にある喫茶店でござ~い。ここはあたし達の間でも人気なんだよね。何故ならタダで美味しいお菓子が食べれるから。最初は摘み食いして怒られてたんだけど、ドワーフみたいにちっちゃな人間からお客に可愛くおねだりしたらお菓子が貰えると教えてくれて、今では沢山の妖精が人間達からお菓子を強請る場所となっているのよ。
では、早速あたしも。店内にはテーブル席に着き、デレデレとした人間の客があざとく振る舞う妖精達に、ケーキやクッキー等のお菓子を悦んで与えている光景が広がっていた。
う~ん、何処か空いてる人間はいないかな~?
「いや~ん! こんなに食べれないよ~。あたし困っちゃう」
そんな甘ったるい声が聞こえてくるテーブルには数人の人間と沢山のお菓子に囲まれた一人の妖精が、両手を頬に当てながらイヤイヤと腰をくねらせていた。
ムム、中々やるわね。あたしも負けてらんないわ! この喫茶店は人間にとっては憩いの場かも知れないけど、あたし達妖精にとっては戦場なのよ! のんびりとしていたらあっと言う間にお菓子を全部持っていかれちゃう。
よっしゃあ! 気合いを込めて、いざ出陣だぁ~!!
「やぁ~ん! あたしこのプリンって言うの大好きなの~!! 」




