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「それで、どんなご用件で私の店に? 」
デットゥール商会の会長、マシラは綺麗に整えられたガイゼル髭を指先で軽く撫でながら尋ねてくる。
「あ、はい。以前にこの店の紅茶を頂く機会がありまして、その香りと味の素晴しさに惚れてしまい、是非インファネースにもと思いまして、仕入れをお願いしに参りました」
「それはありがとうございます。この茶葉の配合には随分と長い時間を掛けてきましたから、気に入っていただきとてもうれしいです。しかし、まことに残念ではありますが、この茶葉を他店に卸す事はしていないのですよ」
初めは茶葉を褒められて嬉しそうに笑顔を浮かべていたマシラだったが、すぐに困った顔で申し訳ないと謝ってきた。
「卸売りはしていないという事ですか。そこを何とかお願い出来ませんか? こんなに美味しい紅茶を帝国だけなんて酷というもの、もっと色んな国へと広げるべきです」
「う~ん、そこまで仰って下さるのなら考えなくもないのですが…… それなら一つ、ライルさんに頼みがあります」
ん? 頼み? それを聞けばこの店の茶葉を仕入れさせてくれるのか?
「私に出来る事なら良いのですが、取り合えず話をお聞かせ下さい」
その時、マシラの目がキラリと光って見えたのはきっと気のせいだ。多分、そう思いたい。
「ライルさんはインファネースの南商店街で代表を務めておられますね? それでご相談なんですが、他国進出の一歩としてインファネースにて支店を出したいと考えているのですよ。そこでライルさんには領主様へ話を通して頂けないかと思いましてですね、どうでしょう? 」
「インファネースにお詳しいのですね、それに私が南商店街の代表だとご存知でしたか」
「はい、今何かと話題の都市を知らない商人は三流ですよ。知っていて当然でございます」
それでも、俺が代表をやっているなんてのはそんなに広がっている筈がない。前々から間諜の類でも送って調べていたな? 流石は帝国一の茶商だ、油断出来ない。
「しかし、インファネースで支店を開くとなると仕入れの話はどうなるのですか? 」
「その疑問はもっともです。支店を出したら、もうライルさんの店で私の茶葉を売り出す必要は御座いませんからね。しかしそこはちゃんと考えておりますので、ご心配は無用です」
もうそこからはマシラの独壇場だった。此方が商談を持ち掛けてきたのに、いつの間にか立場が逆転してしまっている。気を引き締めないと、骨の髄までしゃぶられてしまいそうだ。
「支店を開くとしても色々と準備が必要です。それに、本当にインファネース、強いてはレグラス王国に私共の紅茶が受け入れて貰えるかもまだ分かりません。そこでですね、先ずはライルさんの店で茶葉を売り出し、暫く様子を窺いたいと思っております。そこで評判が良ければインファネースでの商売を本格的に始めたいのです」
成る程ね、用は試験的な事か。その慎重さが商会をここまで大きくしたのだろう。
「しかしそれでは支店を出した後、私の店での茶葉の販売はどうなるのですか? 」
「ライルさんが店を開いているのは南商店街ですよね? 私が店を構えたいと考えているのは西商店街なんですよ。何故なら西地区は住宅地です。私の商売としての理念は一般のお客様にお手頃な価格で紅茶をご提供させて頂くというものでありまして、行商人や冒険者が多く集う南商店街では都合があまりよろしくないのです。だからと言ってそういう人達を蔑ろにしたい訳ではありません。西商店街で支店を構えましても、ライルさんのお店には引き続き私共の茶葉を卸させて頂きたいと思っております」
う~ん、確かに一般の人達を相手にするには西商店街が最適だ。それに冒険者も紅茶は飲むし、行商人だって他で売るために買ってくれる。どうにか棲み分けは出来そうかな? それにしても随分と詳しく調べ上げている。
「…… 分かりました。領主様へは私が話を通しておきます。ですが、それから先はそちらにお任する事になりますがよろしいですか? 」
「えぇ、それは勿論です。領主様にご紹介して頂けたなら、後は此方で致します。では、交渉は成立で良いですね? 」
「はい、宜しくお願い致します」
「此方こそ、宜しくお願い致します」
お互いに握手を交わし、数種類の茶葉をその場で仕入れさせて貰った。
「これからの仕入れの方法はどうなさるのですか? 」
「はい、私共の商会の者がライルさんの店まで定期的にお届け致します。どれだけ茶葉が売れているのかも調べていきたいので」
それは助かる。これで態々茶葉を仕入れに帝都にまで来なくても済む。このマシラ会長とは長い付き合いになりそうな予感を感じつつ、俺は店を後にした。
良し、大分遠回りをしたけど目的は達成出来た。後はインファネースに戻ってアルクス先生に魔道具改良の協力を頼もう。リリィはクレス達と一緒にアンデッドキングの捜索でサンドレア王国にいるんだったよな。一度マナフォンで連絡してみるか。
ふぅ…… 帝国に来てから色んな事があったな。ダールグリフにまんまとしてやられ、初代皇帝と現皇帝とも会い、聖教国がカーミラを神敵と定め徹底抗戦を決めたし、それに後三体のキング種の捜索に、隷属魔術を看破する魔道具の改良とやるべき事が増えた。
周りの人達との協力で、少しずつだけどカーミラ達との対抗手段が増えて来ている。待ってろよ、これ以上お前達の好きにはさせない。築き上げた居場所、そして家族と仲間を絶対に守ってみせる。
『おうよ! あのキラービィクイーンめ、今度会ったら絶対に逃がさねぇぞ!! 』
『二度も逃しては流石の我も許容できん。次こそはあやつらを我が爪と牙にて引き裂いてやろうぞ』
『また、でかいの、たべたい、な』
『次も主様をお守り致します』
『それよりも俺様はアンデッドキングが気になるんだけどよ、まだ見つかんねぇのか? 』
魔力収納内にいる心強い仲間達が、俺の想いに同調するように決意を新たにしている。そうだ、俺は一人じゃない。彼等といると不思議な安心感を覚える。絶対に手離したくない、してはならない。側で支えてくれる者達の為にも、俺はもっと強くならなければ……
「ライル、帰ろっか? 」
「あぁ、そうだね。帰ろう、エレミア」
優しく微笑むエレミアと肩を並べて帝都の街並みを歩いていく。ただそれだけなのに、それがとても大切だと感じてしまう。久しく忘れかけていた気持ちが沸き上がってくるようだ。
こんな時間を何時までも続けられたら、そして退屈だと言える日々をエレミア達と共に過ごしていきたい。そう心に思い描きながら帰路に就くのだった。




