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聖教国が本格的にカーミラとの徹底抗戦を宣言した事で、幾分か心に余裕が出来た気がする。だけどのんびりとしている暇はない。早くこの術式を改良して、隷属魔術を看破する魔道具を改良しなければならない。
カーミラの企みとこれまでの行ないに静かに闘志を燃やすフレデリコ教皇様と、そんな彼を困ったような表情で見つめるカルネラ司教と別れを告げ、俺達はアンネの精霊魔法で帝都の宿屋へと戻って来た。
しかし、これからどうするか…… デットゥール商会との商談は二日後だ。のんびりしてられないとは言ったが、こればっかりはどうしようもない。俺とギルだけでも、この二日を使って術式の改良に着手するか?
「ライル、無理に根を詰めてもいい結果に繋がらないわ。今貴方に必要なのは休息よ。今までずっと気を張りっぱなしだったから丁度良かったわ」
「でも、じっとなんかしてらんないよ」
『じゃあ、クラリス達のお土産でも買いに二人で街をぶらついてきたら? 良い気分転換になるんじゃない? 』
『うむ、焦っては事を仕損じると言うしな。先ずは心を休ませるのだ』
三人とも俺に休めと言ってくるが、とてもそんな気には……
『主様、私達の事で気に病んでいるのならそれは無用です。子供ならまた産めば増やせますが、主様は一人しかいません。無理はしないでください。主様に倒れられたりしたら、私も子供達も悲しみます』
『クイーン…… 分かった。君がそう言うのなら、その言葉に甘えさせてもらうよ。ありがとう』
ハニービィ達を失った後悔とクイーンへの後ろめたさを誤魔化すように、俺は無理矢理忙しくしていたのかも知れない。そうすれば考えなくても済むから…… でもそれは逃げているだけなんだ。ちゃんと向き合わなければならないのに、これじゃ皆に愛想を尽かされてしまう。
俺はエレミアと二人で帝都の街を散策する事にした。
「ねぇ、これなんか良いんじゃない? インファネースでは見ない色合いだわ」
「うん、良いね。母さんに似合いそうだ」
母さんのお土産にとスカーフを購入してまた歩き出す。俺の出で立ちのせいなのか、それともエルフが珍しいのか、じろじろと不躾な視線を感じる。でも俺達は特に気にする事なく買い物を続けて行く。もう慣れてしまったよ。それに変に隠すより開き直って堂々としていれば、案外上手く行くもんだ。
『おっ!? このフルーツタルトっての美味しい! ねぇ、もっと頂戴!! 』
『ふむ、このピッツァという食べ物はワインに合うな』
『なんでも、いいから、もっと、たべたい! 』
そのまま夕食も外で済ませたけど、アンネ達があれもこれもと魔力収納から注文してくるので、落ち着いて食事を楽しめなかった。でも、まさか此処でピザにありつけるとは思ってもみなかったよ。俺もワインで頂いたけど、この店のワインは凄かったな。癖が強いと言うか、この鼻に抜ける熟成樽の香りが独特で、一体何の木を使っているのだろう? 不思議な香りだけど嫌じゃない。渋味も抑えられていてとても飲みやすかった。作り方ひとつでここまで違うのだから、ワインだけでなくお酒ってやつは奥が深い。
この日は暗くなるまで街を見て回り、宿に戻った俺は心地よい疲労感を抱きながらベッドに倒れ込む。はぁ…… こういう感じは久しぶりだ。
「ちゃんと布団を掛けないと風邪を引くわよ? 」
そう言ってエレミアが俺に布団を掛けてくれる。頭がぼ~っとして動くのが億劫だ、少し酔っているみたいだな。
「…… エレミア、ありがとう」
「ん? 別にいいわよ、お礼なんて。私も楽しかったし、良い気分転換になったでしょ? 」
「いや、今日の事だけじゃなくて、さ。エルフの里から出てから今までずっと側にいて支えてくれた。凄く助かっているよ。もうエレミアがいない生活なんて考えられないな。出来る事なら、これからもずっと…… 一緒、に…… 」
あぁ、駄目だ…… 少しじゃなくて結構酔ってるなこれは。瞼が重い…… この襲い掛かる眠気には抗えない。目を瞑り深い眠りへと落ちていく中、何か柔らかいものが額に触れる感触がした。しかしそれが何かと考える隙もなく、俺の意識は夢の中へと沈んでいった。
◇
翌朝。多少の怠さはあるけど頭痛は無し。何とか二日酔いは回避出来たか。
「おはよう、ライル。宿の人から朝食貰ってきたけど、食べれる? 」
「おはよう、エレミア。ありがとう、頂くよ」
運んできてくれた朝食を食べていると、備え付けの小さなテーブル席で俺の対面に座るエレミアが、微笑みながらこっちをじっと見ている。
…… ? なんだ? やけに機嫌が良さそうだ。何か良いことでもあったのだろうか? 昨日は宿に戻ると直ぐに寝た気がするけど…… あれ? 眠る前にエレミアとなんか喋ってなかったっけ? う~ん、駄目だ思い出せない。まぁエレミアが嬉しそうだから別にいいか。
さて、約束の日は明日だよな? 今日一日どうしよう? ちょっとダルいし、午前は部屋に籠ってあの術式でも眺めていようか。何か閃くかも知れないしな。
朝食を済ませ、そんな事を考えていると部屋の扉を激しく叩く音がした。俺の部屋の前で数人の魔力が視える。はて? お客さんかな? 帝都に知り合いはいない筈だけど。




