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その魔道具は大聖堂の地下に設置されていた。隷属魔術が禁制になってからは、めっきりと使用頻度が落ちていき、現在では埃を被っている状態なのだとか。まぁこの魔道具が使われなくなるというのは喜ばしい事であると教皇様は仰っていたので、別に嘆く事ではないけど。
「さぁ、魔道具はこの部屋の中にあります。どうぞお入り下さい」
中はお世辞にも広いとは言えず、石の壁に囲まれてるだけの殺風景な部屋だった。この中央には魔術陣が刻まれた四角い金属の台座が置かれ、その四隅には四本の柱が立てられている。
台座の大きさは大人が五人程乗れる位で結構な厚みがあり、とても持ち運べそうもない。あれで一人ずつ調べていたら、そりゃ時間も掛かるだろうな。
「あそこへ人が立ち、術式を発動させる事により、台座に描かれた陣が光り出します。その光で隷属魔術が掛けられているかどうかを判別するらしいのです。青い光なら問題なく、黄色く光ればその者は隷属魔術を掛けられていると聞いております。実際に使用した事がないので事実かどうかは分かりませんが、今でもちゃんと発動は出来ると思います」
「はい。今少し調べてみましたけど、どこも壊れてはいないようです」
それは良かったと安心する教皇様を横目に、俺は引き続き魔力を魔道具に通して解析を始める。
術式は想像してたよりも膨大で、柱にまで刻まれていた。これはある特定の術式に対して反応を示すように出来ていて、この魔道具の場合は隷属魔術なのだが、他人の魂を調べるのはとても難しく、魔力も大量に必要となる。ここまで術式が大きくなるのも頷けるよ。
問題はどうやってこれを軽量化するかだ。色々と削ったり、省略できる所はして…… うん、これは俺とギルだけじゃ、まともに使えるまで一年は掛かってしまうな。やはりアルクス先生とリリィは必要だ。取り合えずこの術式を忘れないように紙に写して置いて、後で二人に見てもらおう。
この術式を写す為にはかなり大きい紙が必要になる。写した術式はまるで複雑な機械の設計図のようだった。
それなりの時間を要して術式を写し終わり、俺は教皇様に頭を下げる。
「ありがとうございました。それともうひとつお願いがございまして、私とテオドアが交わした誓約内容を一部変更して頂けないでしょうか? 」
「神の誓約をですか? えぇ、良いですよ」
前にテオドアと誓約を交わした祭壇で内容の変更をしてくれた教皇様は、何やら思案顔で近づいてきた。
「ライル君はその魔道具を持ち運べる位まで小さくするのですよね? その後、どの様にしてそれを大陸中へと配るのですか? 」
ん? どの様にって…… 先ずは術式を改良したら、魔道具を作成するだろ? そしたら、各国に配って回ろうかと思ってるけど。
「それでは普及するまで時間が掛かってしまいます。それにこのご時世、隷属魔術で操られている者達がいると誰が信じるでしょうか? 」
「確かに教皇様の言う通り、信用も何もない私の言葉では難しいかも知れません。でも、だからといって何もしない訳には…… 」
「えぇ、ですから私共に任せてはくれませんか? この国は昔から中立の立場を厳正に守ってきました。我々がカーミラの存在を各国へ報せるのです。そしてあの忌々しい隷属魔術が再び悪用されていると伝え、ライル君が作成した魔道具を配ります。魔道具の量産はその国々に任せれば良いでしょう。どうです? 」
マジか…… 教会がカーミラとの全面対決へと踏み出すって訳か? しかしそれだけの事をしなければカーミラ達を抑えるのは難しい。それに聖教国が主軸となれば、他の国々も素直に受け入れてくれるだろう。この教皇様からの提案は此方にとって願ったり叶ったりだ。
「そうして頂けるのならとても助かりますが、本当に宜しいのですか? 」
「はい、勿論です。神に仇なす存在を私達が見過ごすなど考えられません。聖教国はカーミラを神敵と定め、徹底抗戦すると決まりました。これからはもっと積極的にライル君のお力になれると思いますよ」
おぉ! 遂に聖教国が本気で動き出すのか、なんとも心強い。俺は有り難く教皇様の提案を受け入れる事にした。
「ありがとうございます。魔道具が完成次第、すぐにでも聖教国へお届け致します」
「正式な発表は魔道具が完成して、十分な量が用意出来てからになると思います。発表と共に魔道具を配りたいので」
教会が神敵の存在を公開して隷属魔術が世に広まっているといきなり言われても、国としては困惑するだけだからな。対策法と一緒にする事で安心と信憑性を持たせる訳か。
「はい、細かい事は聖教国の皆様にお任せ致します」
「ではそのように。それと残りのキングの捜索についてですが、此方もお任せ下さい。実はひとつ心当たりが御座いまして、今調査に向かわせた所です」
「何から何までお世話になります」
「いえいえ、この世界の為には当然の事です。教会の威信に賭けて、これ以上は彼の神敵の好きにはさせません。私達人間は、同じ過ちを繰り返してはならないのです。もしカーミラを止められなければ、もう二度と神は我々を赦して下さらないでしょう。それは絶対に避けなければなりません」
今までずっと温厚な表情だった教皇様が真剣な顔付きになり、此方を見据える目には並々ならぬ決意と若干の怒りがこもっていた。
こういう一見おとなしそうな人って、怒らせると怖いんだよなぁ。