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黒騎士の威光を借りて楽に門を抜けると、そこには帝都の街並が広がっていた。石畳の道にレンガ造りの家が建ち並び、行き交う人々はインファネースではあまり見ない服装で歩道を歩いている。
国も違えばファッションも違う。俺には良く分からないけど、帝都の人達は全体的に落ち着いた色合いを好むようだ。インファネースは何だろう? 開放的と言うか、ちょっと派手な色合い好む傾向があるよな。その分人も明るくて接しやすいけど、帝都の人達は気軽に声を掛けづらい感じがするよ。
適当に宿を取り、馬車とルーサを預けた俺とエレミアは、宿屋の主人からデットゥール商会の場所を聞いて向かう事にした。
「おぉ! これは探索のしがいがあるってもんだぜ! 」
『はしゃぐのは良いけど、くれぐれも見つからないように頼むよ? 面倒事は出来るだけ避けたいからね』
すっかり観光気分のテオドアは、ウキウキとした様子で飛んでいる。ほんとに分かってんのか心配だな。
「思ったより緑が少ないのね? 木が一本も生えていないわ」
周りを見ていたエレミアがそんな事を呟いた。
「そうだね、インファネースは冬でも暖かいから植物が育ちやすいんだと思う。帝都は大陸から見て、若干北寄りだから、ちゃんとした冬って感じがするよ」
この世界に生まれてから暖かい気候の下で過ごして来たからか、今はこの寒さが懐かしく思えるよ。コートでも買っておこうかな? でもインファネースに戻ったら着なくなるだろうし、どうしよう?
初めての帝都での印象を話しながら暫く歩いて行くと、前方に大きな建物が見えてきた。三階建てくらいかな? 一階の歩道側の壁は全面ガラス張りになっていて、茶葉が詰められた透明な瓶が並んでいる様子が中から窺えるようになっている。ここがデットゥール商会の本店で間違いなさそうだ。
エレミアにドアを開けて貰い店内へ入ると、紅茶の香りが俺達を出迎えてくれた。そしてデットゥール商会が独自にブレンドした色鮮やかな茶葉が目を楽しませてくれる。
この商品の配置も計算されているのだろうな。流石は帝国一と言われる程の茶商だ。この茶葉をインファネースに持ち込めたらと思うと、期待せずにはいられない。
早速カウンターにいる店員に、ここの店主に会わせてほしいと伝えるが、手馴れた様子で頭を下げてきた。
「申し訳ございません。何分店主は忙しい身ですので、約束のない方との面談はご遠慮しております」
「そうですか、それなら今から約束を取り付けて貰っても大丈夫ですか? 」
「はい、大丈夫です。ではギルドカードをお持ちでしたら提示して下さい。…… 確認しました。インファネースからいらしたライル様ですね? 今から面会のご予約ですと、二日後の午前になりますが宜しいでしょうか? 」
う~ん、二日後かぁ…… どうしよう、待ってる間に聖教国に行くという手もあるな。今はあまり時間を無駄にはしたくないし、それでいくか。
「はい。それでお願いします」
面会の約束を取り付けて店から出た後、一旦宿へ戻った俺達は、マナフォンでカルネラ司教にこれから訪れる旨を伝えた。カルネラ司教もアグネーゼから報告を受けていたようで、聖教国に戻ってきたばかりだと言う。
『テオドア、聞いただろ? 暫く時間が空いたから、先に聖教国へ向かう。魔道具の次いでに誓約の変更もお願いしよう』
「おっ? そうだな。そういうのは早目に済ませた方が良いしな! 」
また帝都から出て入るのは面倒だから、馬車とルーサを宿屋に預けたまま、アンネの精霊魔法で聖教国にあるカルネラ司教のお宅に向かう。誓約の変更と魔道具の拝見だけなので、そんなに時間は掛からないだろう。
◇
「ようこそ、お待ちしておりましたよ。話はアグネーゼから聞いています。とても残念でしたね、心中お察し致します」
「お久しぶりです、カルネラ司教様。全ては此方の不徳の致すところです。もうこのような失態のないよう、どうか聖教国にあるという隷属魔術を看破する魔道具を拝見させて頂けないでしょうか? 」
「勿論構いません。既に教皇様には許可を頂いております。早速見に行かれますか? 」
流石はカルネラ司教だ、話が早くて助かるね。その魔道具は大聖堂に設置してあると言うので、カルネラ司教と一緒に向かう事になった。
道すがら、前には無かった店が目に入る。新しく出来た店かな?
「あの店は、ライル君が持ってきてくれた餡子を使用した甘味処です。参拝にいらした方に好評みたいで繁盛しているようですよ? それと枢機卿の皆様も大変気に入られまして、中にはアズキを育ててみたいと仰る方もおります」
思いの外人気で少し驚いたよ。でも聖教国で小豆を栽培してもらえば、此方としても負担が減って助かるな。種はまだあるから後で譲る事にしよう。
俺が教えた以外にも餡子を使った甘味を開発しているとか、カルネラ司教から話を聞きながら大聖堂の中へ入ると、何とあのフレデリコ教皇様が出迎えてくれた。
「またお会いできて光栄です、ライル君。どうですか? 教会の者達は役に立っておりますでしょうか? 」
「これは教皇様自らのお出迎え、恐悦至極でございます。私もまた会えて光栄です。教会の皆様には大変良くして頂いて…… つい先程までいた帝国でも色々と助けてもらい、本当に感謝しています」
それを聞いた教皇様はニッコリと笑みを浮かべ、満足そうに頷いた。
「それは良かった。さて、話は聞いています。隷属魔術を掛けられた者を暴く魔道具を調べ、改良したいとか? 」
「はい、その通りでございます。拝見させて頂いても宜しいでしょうか?」
「えぇ、隷属魔術で苦しむ民達を救えるのなら喜んで協力致します」
隷属魔術は掛けた本人、又は隷属魔術に詳しい者しか安全に解く事は難しい。ここにある魔道具を改良するだけでなく、誰でも解除出来るような魔道具も必要になるかも知れない。作れるかどうかはさて置き、念頭に置いておくか。