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ダールグリフ達と戦うのは良いけど、下のギガンテスはどうしよう? 帝国軍の方へ向かうのを少しでも遅らせる為、足止めするべきか?
「ライル! でっかいの、ムウナに、まかせろ! 」
「行ってくれるのか? 分かった。無理はするなよ」
どうやらムウナは自分の細胞を組み込まれたギガンテスに興味津々みたいだ。今も早く喰らいたくてうずうずしている。
「我はあのダールグリフとか言う痴れ者の相手をする。今度こそ息の根を止めてやる」
「そんじゃ、あたしの相手はあのちっこいのね? 」
「俺様は…… まぁ適当にやるか」
各々が相手を決めていると、魔力収納内からエレミアの悔しそうな声が聞こえてきた。
『くっ、ごめんね、ライル。私は空を飛べないから役に立てそうもないわ。貴方を守ると誓ったのに…… 』
『しょうがないよ。でも、何か手はあるはずだから一緒に考えよう』
空中では戦える者が限られてしまう。空を飛ぶ術がないエレミアにはどうすることも出来ない。
「でっかいにく、たべる! 」
下に降りたムウナは体を変化させ、ゴブリンキングの討伐時に見せたあの化け物の姿へと変貌した。巨大な蠢く肉の塊に、無数の口と剥き出しの目。その身から触手を生やし、ギガンテス達を絡めとっていく。
あの時よりも更に大きくなっているように見えるのは、俺の気のせいではないだろう。成長期なのかな?
しかも自身で造り出した魔核に貯めた魔力を使い、魔力飛行で地面を滑るように移動している。また一段と化け物に磨きが掛かったな。
でも上手く足止めをしてくれている。下はムウナ一人でも大丈夫そうだ。
「ほぅ、あれが異界から召喚された化け物の本来の姿ですか。なんともおぞましい。見るものに恐怖と嫌悪を与える姿ですね」
「うわ…… なにあれ? あんなのまともに相手なんてしてらんないわよ? 」
ムウナの姿にダールグリフとキラービィクイーンもドン引きである。俺も見慣れているとはいえ、あのムウナは少し苦手だ。封印の遺跡での事を思い出すからな。
「我を前にお喋りとは、随分と余裕だな? 」
人化したギルがミスリル製の大剣をダールグリフに向かって振るうが、頑丈な結界に全て弾かれてしまっていた。
「もうお忘れですか? 私の結界はそんな攻撃では破れませんよ? あの時と同じように、またブレスでも吐いたらどうです? 」
ギルを挑発するダールグリフ。あの様子だと何か対策をしているみたいだ。ギルがドラゴンブレスを放つ為には、龍形態になり力を溜める必要がある。それを態々待つほどダールグリフは愚かではないだろう。それを分かっているのか、ギルは尚も人化したままダールグリフと戦っている。
「キシシシ、さぁ! 私のかわいい子供達! あの人間に貴方達の毒をご馳走してあげなさい!! 」
キラービィクイーンの号令を受けたキラービィ達が、一斉に此方へ飛んでくる。おいおい、あんな数の毒針で刺されたら絶対に死んでしまうぞ!
「あぁもう! 数が多くてめんどいわね!! あたしだけじゃ防ぎきれない! 」
雷の精霊魔法でキラービィ達を落としていくアンネだが、一人では追い付かず、俺の方にも襲い掛かってくる。不味いな、数もそうだけど小さくて素早いキラービィを相手にするのは難しい。
『ライル! ボートを出して! 人魚の島に行くために渦潮を抜けた時のように、ボートを魔力で浮かせて足場にするのよ! 』
成る程、そうすれば空を飛べないエレミアでも空中で戦えるし、新しく作った結界の魔道具をボートに設置すればキラービィの攻撃を防げるな。
俺は魔力収納からボートを取り出して、魔力で操り宙に浮かべた。すると俺の前にエレミアが魔力収納から出て、蛇腹剣を構える。
「これで私も戦えるわ。でも、この数ではライルを守りきれる自信がない。早く魔道具を発動して」
やはりエレミアが一人加わったとしても難しいか。キラービィの毒はどれ程強力かは知らないが、刺されたら痛いじゃ済まないのだろうな。
でも魔道具を発動するには少し時間が必要だ。その間に襲われてしまっては意味がない。
迫り来るキラービィ達に焦りを覚えていると、俺の周りを囲うように大勢のハニービィ達が姿を現した。
『子供達よ! 主様を守るのです! 』
クイーンの号令が魔力収納内から聞こえてくる。
『クイーン、大丈夫なのか? 』
『分かりません。ですが黙って見ている訳にもいきません。私の子供達の早さと数があれば、キラービィに対抗できる筈。時間を稼ぎますので、主様は魔道具を』
クイーンの言う通り、俺の周りにはキラービィよりも圧倒的に多いハニービィが飛んでいる。力ではなく、数で勝負という事か。
「あれあれ~? もしかしてハニービィ? キシシ! 私達に食われるだけの餌が何の用? まぁいいわ、ついでに食べてあげる」
『何時までも捕食される私達ではありません。今度こそ新しい巣を、仲間を、主様を守りきってみせます! 』
クイーンの決意と同調するように、ハニービィ達がキラービィ達に向かって飛んでいく。数ではハニービィが上だが、一匹一匹の強さではキラービィが勝っている。
強靱な顎で噛み千切られていくハニービィ達。それでも臆することなくキラービィに立ち向かう。
あぁ、クイーンの子供達が…… 何時も一生懸命に蜜を運んでいたハニービィ達が、無惨な姿で下に落ちていく。
やはり数だけでは無理なのか? いや、ハニービィの犠牲を無駄にしてはいけない。
「こなくそ!! 逃げんじゃねぇ! あんた、あたしとキャラ被ってるみたいで気に入らないのよ!!」
「はあ? きゃら? 何言ってんのか分かんないですけどぉ? 」
ハニービィ達がキラービィを抑えてる間に、アンネがキラービィクイーンを倒そうと精霊魔法を放つが、虫特有の不規則で素早い動きに翻弄されているようだ。
「無駄よ無駄! カーミラ様から頂いたこの身体で産んだ子供達よ? 只でさえ弱いハニービィに止められる訳ないじゃない」
悔しいけど、キラービィクイーンの言う通り力の差は歴然。今戦ってくれているハニービィ達が全滅するのも時間の問題だ。その前に早く魔道具を発動させなくては。
『強くなったのは貴女だけではありません。私も主様の中に住み六年…… その間に得た力と知識をお見せしましょう。子供達よ! キラービィを蒸し殺すのです!! 』
号令を受けたハニービィ達が、一匹のキラービィの体にしがみついていく。何十匹ものハニービィがキラービィを取り囲み、一斉に体を震わせる。他のキラービィも同様にハニービィ達に取り囲まれ、そこら中に沢山の蜂の球が出来上がっていた。
あれは…… “熱殺蜂球” だ! ニホンミツバチがスズメバチに襲われた時に見せる攻撃方法で、あの蜂球の中は高温になっていてその温度で敵を蒸し殺すと言う、正に必殺技と呼ぶに相応しい。
前世で見たテレビの内容をクイーンに魔力念話を使って視せた事があったな。その時は、
『こんな方法があったなんて…… ニホンミツバチ、私達よりも小さいのに、なんて勇敢な種族なのでしょう』
と感銘を受けていた様子だった。それがまさかここで生かされるとはね。
『キラービィは確かに強い、ですが私達も主様の魔力を浴び続けた事により、環境に適応する能力が増しました。今の私達は灼熱の地であろうと、極寒の地であろうとも、問題なく活動出来るでしょう。そしてこの異界の知識から得た技。これが主様から頂いた力です』
前世では、蜂球の中の温度は五十度近くにまでなるらしいが、環境適応力が上がったというハニービィによる熱殺蜂球の威力は一体どれ程のものなのだろう? 百度以上までいってるんじゃないか?
ハニービィの蜂球が解かれると、中から絶命したキラービィの死体が音もなく落ちていく。捕食されるだけのハニービィが、捕食する立場のキラービィを倒した瞬間だった。
「はあ!? 何? どうなってんの! 何でハニービィ如きに私の子達が負けんのよ!? 」
これには、散々余裕をかましていたキラービィクイーンも驚きを隠せない様子だ。それもそうだ、見下していた相手にやられたんだからな。
「ふっざけんじゃないわよ! どんな手を使ったか分かんないけどね、もう容赦はしない! 私を怒らせた事を後悔しな!! 」
「あたしの相手してるのにそんな余裕があんの? あんたも、あんたの子供も、ここで終わりよ。ざんねんでした~! 」
癇癪を起こすキラービィクイーンに、アンネは更に挑発する。少しずつアンネのペースになってきているようだ。
しかし、幾ら熱殺蜂球があるからと言ってハニービィ達の被害は止まらない。それでもキラービィを着々と蒸し殺している。
そんなハニービィ達の活躍により、結界の魔道具を発動する時間が稼げた。俺が浮かべているボートに空気の膜のような物が覆う。
良し、何とか間に合ったな。だけど……
『…… ごめん、敵のいない安全な場所を用意すると約束したのに。守れなかった』
そう、俺はウッドベアの強襲に傷付き弱っていたクイーンに約束したんだ。なのに…… 今も目の前でハニービィ達が倒れていく様を見て、自分を情けなく感じた。
『いいえ、主様は約束を守って下さいましたよ? こんなにも素晴らしい地を用意して下さったではありませんか。だからこそ、私達は命を捧げこの地を守るのです。その為にあの子達がいるのですから。どうか謝らずに褒めてやって下さい。それが私と子供達にとって何よりの褒美となりましょう』
凄いな、なんて強いのだろう。生存競争が厳しい世界で生きてきたクイーンは、人間なんかよりずっと高潔で強い精神を持っている。素直に尊敬するよ。そんな彼女達に報いなければ…… 情けない姿を見せては失礼にあたる。
ありがとう、消えていったハニービィ達に今は感謝を。そして、もう一度約束する。今度こそ安らかに過ごせる場所を…… 俺はそう心に強く誓った。