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黒騎士に理解を得てもらえた日から、益々オーガとの戦闘が激しくなったとの報告があった。帝国兵の死体が戦場から持ち出されている事に、黒騎士は大分ご立腹のようだ。
本当は直接カーミラ達に怒りをぶつけたいが、姿を見せない内にはそれも出来ない。なので近くのオーガ達に矛先が向いたのだろう。まるで癇癪を起こして八つ当たりしているみたいだな。
でも、そのお蔭で疲れを知らない黒騎士は怒りに身を任せ日が落ちるまで戦い続けた結界、今まで以上にオーガ達を追い詰める事となる。
その姿は味方の騎士団も畏怖する程だったようで、黒騎士の猛攻を目の当たりにして若干顔を青くしている騎士達がいたと、テオドアは呆れながら話していた。それほどまでに黒騎士の暴れっぷりは人間離れし過ぎていたらしい。
それが数日も続けば、然しものオーガキングも動かざる得ない状況にまで追い込まれ、遂に重い腰を上げたみたいだ。
黒騎士がテオドアを通して俺に伝えた所によれば、明日動きを見せたオーガキングを討つつもりだと言う。
いよいよか…… それじゃあ、俺も前線へ行く準備をしないとな。
夜中、俺は一人で治療所のテントから外へ出る―― とは言っても魔力収納の中にはエレミアも含めた皆がいる訳だが。とにかく、これから魔力飛行で前線基地へ飛んで行くつもりだから、誰にも見られないようこっそりと出ていく。何だか夜逃げしているみたいだよ。
「今度こそ、行ってしまわれるのですか? 」
振り向くと、そこには心配そうな表情を浮かべたアグネーゼがいた。起こしてしまったか、それとも初めから起きていたのか、まぁどちらでもいいか。
「はい、もうオーガとの戦争は終わります。黒騎士が明日オーガキングを討つと言っていますので…… この機会を奴等が見逃す筈はありません。必ず姿を現し、何らかの行動を起こすでしょう」
「それが貴方様の使命なのですね? でしたら私も連れていって下さい―― と言いたいのですが、此処を離れる訳にはいきませんよね? ライル様のご無事を心から祈っております。貴方様に神の御加護があらんことを」
アグネーゼの祈りに見送られながら、俺は魔力飛行で前進基地を後にした。
◇
日が出始めた頃には前線基地付近へ到着し、テオドアと合流した。
「よっ! 相棒。随分と久し振りだな」
「そう言えばこうして会うのは何日か振りだったね。お疲れ様、あともうひと踏ん張りしてくれるかな? 」
「しゃあねぇな。これが終わったら暫く休ませてもらうぜ」
そんな風にテオドアと軽口を叩き合っていると、静まり返った朝の中、騎士団長の声が此処まで聞こえてきた。
「オーガ共を殲滅し、この戦争を帝国の勝利として終わらせる日が来た! 一匹も逃すな、我等が帝国に足を踏み入れた事を後悔させてやれ!! 」
一拍置いて、戦場に赴く兵士達の割れんばかりの雄叫びが早朝に鳴り響く。士気は充分、覚悟の籠った大声量は周りの空気と一緒に俺の心も震わせた。兵士達から勇気を貰い、俺は空へと飛び上がり、勇ましく行進する帝国軍と共に戦場となる山間部を進んで行く。
『ほぅ、中々に練度の高い行進だ。流石は帝国騎士団といった所か。他の兵士達も皆良い顔をしている。これなら心配せずともオーガ共を殲滅出来るだろう』
兵士達も騎士団も真剣過ぎる顔付きだ。鬼気迫る顔とはこの事を言うのだろうな。
『あれほどの数の人間達が闘気と殺気を身に纏う姿は圧巻ね。私も気が昂るようだわ』
『うおー! ムウナも、やるき、みなぎる!! 』
『え~、暑苦しいだけじゃない? 』
エレミアとムウナはすっかりと感化されてしまっているようだ。アンネは、まぁ相変わらずマイペースって事で。
暫く戦場を進むと、対面にオーガの大軍が見えてくる。両軍は適度な距離を保ち、お互いに睨み合う。この緊張感はどう表せば良いのだろう? その場に流れる空気、時間、匂い、そして不自然な程の静寂…… これはこの場にいる者にしか分からないだろうな。
どれくらい睨み合っていたのか、徐に前に出た黒騎士が腰に差してあるアダマント製のロングソードを引き抜いたのを切っ掛けに、皆一斉に武器を構える。騎士団長が剣を高らかに上げ、切っ先をオーガの軍勢へ向けた。得も言われぬ空気を吹き飛ばすような怒号がオーガ達に向かって放たれる。
「全軍! 突撃!! 」
その合図と共に叫びながらオーガへと走り出す帝国軍。それに負けじと野太い声を上げて迫りくるオーガ達。両者の声と地を駆ける音が空気と大地を揺らし、まるで世界が震えているかのような感覚に陥る。
そして遂に帝国軍とオーガがぶつかった。兵士達の剣とオーガ達の硬い拳が合わさり鈍い音を奏でる。帝国軍の後方から魔法が放たれ、オーガ達の陣形を崩そうとするが、向こうも魔法で応戦してくる。
水、土、火、風、雷、と様々な魔法が飛び交い、土煙が巻き上がり、血飛沫が飛び散る。人もオーガも何かに取り憑かれたかのように、夢中で相手に向かい武器を振り下ろす。理性なんてものは此処には不必要、正義も悪も関係ない、ただ相手を殺すという本能と狂気だけが渦巻いていた。
己の命と尊厳と存在を賭けた戦い、これが戦争か……
「うひゃひゃ! やっぱり何時見ても良いもんだな、大勢で争う姿ってのはよぉ! 心が躍るようだぜ! 」
『こんなのを見て喜ぶなんて、どうかしてるわ』
俺と共に空中から戦場を眺めていたテオドアは興奮し、それを見たエレミアが眉をひそめて嫌悪感を顕にしていた。
確かに、こんな殺し合いを見て喜ぶのはどうかと思う。だけど、この胸に燻る想いはなんだろう? 人が、オーガが、必死に生きようと足掻いている姿に、俺の中にある何かを掻き立てるような…… 上手く言えないけど、そんな感じがするんだ。