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「食事の用意が出来たわよ」
お昼時、エレミアが神官達の昼食をテーブルへと並べていく。前進基地へ戻って二日、アグネーゼ達に匿って貰っている間にも帝国軍はオーガ達を順調に押していると、テオドアから連絡を受けている。
しかし、ギガンテスは今も召喚されないままだ。ギルの見立て通り帝国を利用してオーガを追い詰め、オーガキングを捕らえようとしているのだろうか。
「今日もまた美味しそうなお食事ですね。エレミアさんの料理は本当に素晴らしいです」
食材は魔力収納にある物を使い、調理はエレミアに任せている。アグネーゼ達には迷惑を掛けているからね、これぐらいはしないと。
「しかし良いのでしょうか? 私達だけがこんな贅沢をしてしまって…… 前線で戦っている者達や怪我で苦しんでいる者達を思うと、何だか気が引けてしまいます」
周りが命をかけて戦っているので、つい気後れして遠慮してしまうのは分かる。でも――
「―― それは違うと思うな。アグネーゼさん達は傷ついた兵士を助けるのが役目なのでしょう? それなら沢山栄養をつけて万全な状態を維持しなければ、助かる命も助けられないかも知れませんよ? 治療する立場の人が、治療される人よりも元気がなくてどうするんですか。そんな人に大丈夫ですよと言われたって信用出来ませんよ」
「…… そう、ですね。私達が倒れてしまったら、此処にいる人達とこれから来る人達を救う事なんて出来ませんよね。先ずは私達が元気でなければ、不安にさせてしまいますからね」
アグネーゼはそう自分に言い聞かせ、神に感謝の祈りを捧げ食事を始めた。
医者の不養生なんて諺もあるからな。ちゃんと自分達の体も労ってやらないと、その内本当に倒れてしまうよ。そんなのは自己犠牲でも何でもない、ただの迷惑だ。こういう治療の場面では休める時にきちんと休み、食えるときに食っておく。それが一番沢山の人達を救える道に繋がっていると、俺はそう思う。
◇
『相棒! 見つけたぜ! 』
深夜、皆が寝静まる頃にテオドアから連絡があった。帝国兵とオーガの死体が戦場から消えているとの報告を受けた後、俺は密かに死体を回収している奴がいると踏んで、テオドアに見張りを頼んでいた。そして今、テオドアがそいつを発見したようだ。
『魔力念話で見せてくれ』
テオドアの目を通して確認すると、そこには戦場に怪しく輝く魔術陣、そしてその中には兵士とオーガの死体が積まれていた。
側には魔術陣の光に照らされている人物の後ろ姿と周りに小さな虫らしき影が複数確認できる。
「フフ、これだけ集まれば我が君も満足なさるでしょう。あぁ…… 我が君の喜ぶ顔が目に浮かびます。早く戻ってあの魂にまで響く素晴らしいお声でお褒め頂きたい」
「うげぇ、キモい…… あんたさぁ、絶対友達いないでしょ? まぁカーミラ様に褒められるのはうれしいけどさ」
「失礼ですね、私にも友と呼べる者はおりましたよ。もう死にましたが…… そんな事はどうでも良いのです。オーガキングの様子はどうですか? そろそろ動き出しても良い頃でしょう」
「い~や、まだ奥に引っ込んで守りを固めているわ。ったく、用心深いというよりヘタレね、あれは」
テオドアの耳を通して彼等の会話が聞こえてくる。カーミラの手下なのは間違いない。彼女を我が君と呼ぶような奴はダールグリフ以外いないだろう。もう一人は分からないな、声はすれでも姿は見えず。
「やれやれ、これだけ追い詰められてもまだ動きませんか。もう少し黒騎士には頑張って頂かないといけませんね」
「ん? ちょっとまって、私の子供達が変な気配を感じてるわ。近くに何かいるみたい」
やばい、気づかれたか? よく見ればダールグリフと思わしき影の横に小さな人影が見える。アンネと同じぐらいの身長で宙に浮いている。ぱっと見た感じ妖精のようにも思えるが、所々シルエットが違う。その小さな人影が此方に振り向いた。
『おい、気付かれたんじゃないのか? 早くその場を離れた方がいい』
急いで彼等から遠ざかったテオドアは安心したかのように一息ついた。
『ふぅ、まさか俺様の気配に気付く奴がいるとはな。ちと焦ったぜ』
『魔術陣の光が逆光となってよく見えなかったけど、あれはダールグリフだよな? もう一人は何なんだろう? 』
『さぁな、俺様にも分からねぇ。あんな生き物は初めて見るぜ。魔物かどうかさえも区別がつかない。あれもカーミラが造った化け物なのか? 』
う~ん、二人の会話から察するに、あの小さいのは索敵能力に長けているようだ。それとダールグリフはオーガキングの動向を気にしていた。これで彼等の狙いが確定したな。やはり黒騎士を利用してオーガキングを手に入れるつもりか。
『で? これからどうするよ? 』
『相手の狙いがはっきりしたんだ。黒騎士にこの事を伝えた方が良い。テオドア、今すぐ黒騎士の元へ向かってくれ』
『はぁ? 俺様が? しかもこんな夜更けに? 』
『あぁ、テオドアを通して魔力念話で俺が黒騎士と話すから大丈夫だ。それと彼は眠らないからこの時間の方が都合がいい』
よっぽど黒騎士が怖いのか、文句を垂れながらもテオドアは黒騎士が待機しているテントへと飛んで行った。