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次の日、俺はレスターに戦争の終わりが見えたので、そろそろ此処を離れる旨を伝えた。
「そっすか。それじゃ、砦へ戻るんすね? 」
「あぁ、そうしようと思う。アグネーゼさんやカッシアーノ卿に挨拶したら出発するつもりだよ」
他にも常駐している兵士達にも軽く別れの挨拶をしながら、アグネーゼがいる治療所へ向かった。
「そうですか、ライル様とはここでお別れなんですね。もっとお話を聞きたかったのですが、残念です」
「餞別に果物と回復薬を置いていきますね。これだけあれば暫くは持つと思います」
「ありがとうございます。また何処かでお会いできるよう、神に祈っております」
「いや、また直ぐに会えると思いますよ? 」
えっ? と目を見張り唖然としているアグネーゼに軽く頬笑み、治療所を後にした。その後、前進基地の管理責任者であるカッシアーノ卿にも挨拶をして、俺達はオーギュスト砦へと戻ってくる。
「はぁ~、懐かしの砦っすね。ここももうすぐお別れだと思うと少しだけ寂しい気もしなくはないっす。ほんの少しだけっすけど」
何だか感傷的になっているレスターの案内で、兵站部隊の隊長を務めているヘイザルがいる部屋へと向かった。
「おや? もう宜しいのですか? 商売は上手くいきましたか? 」
「まぁ、それなりにといった所でしょうか。口利きをして頂きありがとうございました」
頭を下げる俺に、ヘイザルはにこやかに手を振った。
「いえいえ、此方こそライルさんには感謝しているのですよ? お蔭様でこの砦にも人を残す事が出来たのですから。その結果、あの総司令官殿の企みも阻止出来ました」
総司令官といったら、俺のルーサと馬車を寄越せと怒鳴ってきたジガルド卿だったか? 確か邪魔なヘイザル達を大量の運搬をさせて砦から追い出し、その隙に騎士団に取り入ろうとしてたんだっけか?
「いやぁ、ジガルド卿もまさか増援に駆け付けてくれた騎士団の中に黒騎士様がいらっしゃるとは存じてなかったようで、かなり驚いていましたよ。その時点で計画を取り止めれば良かったものを…… 彼は予定通り騎士団の皆様を歓待なさいました。この日の為に大量に貯めた物資とお金を使ってね。帝都から娼婦を雇い、豪勢な食事を出し、これでもかと胡麻を擦っていましたよ。だけど騎士団長は堅実なお方だったようで、我々に物資の状況を聞き、情けないと嘆いておられました。黒騎士様に至っては料理に一切手を付けず、魅惑な女性に目もくれず、――残念だ―― と一言だけを残して砦を発つ時まで部屋に籠っておられました。これにはジガルド卿も当てが外れて、真っ青な顔をしていましたよ。先程、上からの御達しでジガルド卿は総司令官の任を解かれ、故郷へと強制送還されるようです」
「その後はどうなるのですか? 」
「彼には二つの選択を迫られるでしょう。爵位を返上して市民となり余生を過ごすか、家督を息子に譲り自分は隠居するか。どのみち出世の道は閉ざされました。彼が表に出る機会はもうないでしょう」
一人の男の野望は潰えた。散々裏で軍規違反ギリギリの行為をしていたみたいだし、因果応報というやつだろう。
「黒騎士様の活躍はこの砦にも伝わってます。もうすぐオーガとの争いも終わりそうで、ひと先ず安心ですね。ライルさんはこれから真っ直ぐレグラス王国へ戻るのですか? 」
「いえ、折角ですので帝都へ寄ろうかと思っています。デットゥール商会の紅茶を仕入れたいと考えておりまして」
「あぁ、あそこの紅茶は美味しいですからインファネースでも受け入れてくれるとうれしいですね」
ヘイザルと別れを告げ、帝都方面の出口へと馬車を進めた。
「ライル君と一緒にいたこの数日は結構楽しかったすよ。また何処かで会えると良いっすね! 」
「俺も楽しかったよ。もし軍を辞める事になったら俺の店に来ないか? レスターなら歓迎するよ」
「へへ、まぁそんときは世話になるっすよ」
砦を出て、馬車は山沿いの細い道を進む。その間もテオドアから黒騎士達の活躍が知らされてくる。大分オーガの数を減らしているようだけど、オーガキングへはまだ掛かりそうだ。
十分に砦から離れて夜になるのを待ち、監視もいない事を確認した後、馬車とルーサとエレミアを収納してアンネの精霊魔法で前進基地へと戻ってきた。
周りの兵士に気付かれずに過ごせる場所が必要だ。俺は協力してくれそうな人物に会う為に治療所を訪ねる。
「っ!? ラ、ライル様! どうして此処に? 帰られた筈では? 何か忘れ物でもなさいましたか? 」
俺を見たアグネーゼは多少困惑していたが、直ぐに奥の休憩スペースへと案内してくれた。そこで何故この基地へと戻って来たのかを説明する。その為には魔力収納の事も話さなければならなかったが、アグネーゼなら信用しても大丈夫だろう。
「そうでしたか。あぁ、やはりライル様は神に選ばれた特別なお方なのですね。安心してください、私達一同ライル様に協力致します。元々カルネラ司教様にもそう仰せつかっておりますので、皆貴方様の味方で御座います」
「ありがとうございます。此処に居させてくれるだけで良いので、皆さんは気になさらずご自分の仕事を第一に考えてくれて結構です。出来るだけ邪魔にならないよう努めますので、何か力になれる事があったら遠慮なく言ってください」
「お心遣い感謝致します。もしライル様のお力が必要になりましたらお願い致しますね。さ、もう夜も更けて来ました。狭いですがどうぞお休みください」
空いている場所に布団を敷き横になる。これで潜伏出来る場所を確保した。後は黒騎士達がオーガを追い詰めるのを待つだけだ。その間にもテオドアには召喚者を探して貰うように頼んだ。早目に見つけ出すに越したことはないからな。
『レイス使いが荒い相棒だぜ。お袋さんとおんなじだな』
そんなテオドアの呟きが聞こえ、母さんと似ていると言われて少し嬉しかった。血は繋がっていないけど、本当の親子だと言われたみたいで。
少し暖かくなった心を感じながら、俺は微睡みの中へ沈んでいく。もうすぐオーガ達との戦争に終止符がつけられる。その時がカーミラ達との戦いの合図だ。気を引き締めて行こう。